彼は意地悪なボイスアクター〜独占欲の強い彼に溺愛され狂いそうです〜
那原さんに甘え、車で職場まで連れて行ってもらった。

「すみません。遠回りさせちゃって」

「遠回りじゃないよ。すぐ近くのスタジオで仕事だから」

私はそうなんだと思ったと同時に案外、近くにいたことに驚いた。
那原さんは昨日のことを一切言わない。
私から切り出すのも何か違う気がして何も言わなかった。

「あ、ここでいいです」
「遠くない? もっと近くまでいいよ」
「いえ、会社の人に見られたくないので」
「あ、そっか」

そう言うと那原さんは車を停めた。

「ありがとうございました」
「いや、それはこっちのセリフ。ありがとう」

那原さんは真剣なまなざしを私に向けてきて少し動揺した。
私はドアを閉めて、那原さんの車を見送った。
まさか、同期がこの光景を見ていることも知らずに。


「おはようございます」

私がギリギリで出勤すると桃子さんが私の服を上から下まで眺めた。

「あれ?」

すると口元をわざとらしく手で押さえて言った。

「もしかして~朝帰り~」

私は慌てて服を見た。すっかり忘れていた。

「ち、ちがいますよ!昨日、久しぶりに友達と会ったら朝までカラオケしちゃって」

「ふーん。カラオケね~9時までやってんだ」

「そのあと、友達んちで仮眠とったんです」

「へぇ~」

自分でもスラスラ出てくるウソに驚いた。桃子さんには信じていない様子だったけれど。
私は昨日の出来事をふとしたときに思い出してしまい、なかなか仕事に集中できなかった。那原さんはいったい過去に何があったのだろうか。
あんなにパニックになるほどのトラウマがあるのか。
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