彼は意地悪なボイスアクター〜独占欲の強い彼に溺愛され狂いそうです〜

トイレ

ずーーーーーんっ


(やってしまった……)


上司に向かってオレンジジュースをぶっかけてしまった。
いくら頭にきたからって、みんなが見ている場で、それは社会人としてない。
冷静になって考えると、自分がやったことの重大さが身に染みた。


私は今、トイレで猛反省しているところだ。
いや、逃げ込んだというのが正しいかもしれない。


(辛い……)


自分がすごく惨めだ。
私はポロポロ流れ出る涙を何度もトイレットペーパーで拭った。


(泣きたくない。あんなヤツの為に泣きたくないのに)


それでも涙は止まらなかった。
まさか結婚しているなんて考えもしなかった。
なんて私はバカなんだろう。
結婚しているか、どうかなんて最初に確認することではないか。
でも、まさか結婚している人が誘ってくることなんてないと思っていた。


「君さ、可愛いよね。俺のタイプなんだわ」

「そんなこと、初めて言われました」

「うそでしょ~。今度さ、食事いかない? 美味しい焼き肉、食べさせてあげる」


そう言って及川さんと最初の食事の日。
向かい合って食べるのかと思ったのに、及川さんは横に座った。
半個室になっているその部屋で及川さんは私の為に肉を焼いてくれて、食べさせてくれた。


「自分で食べれます」

「いいから、いいから。あーん」


小さく開けた口に及川さんがキスをした。
私は驚いて思わず及川さんの胸を押し返した。


「こ、これはどういうことですか?」

「説明いるかい?」



それからというものの会うたびに甘い言葉を囁かれる。
こんなに私のことを好きでいてくれる人は、今後、現れないかもしれない。
私はいつの間にか、そんなことを思うようになっていた。
そして何度目かの食事のあと、身体を許してしまったのだ。
完全に私の勘違いだった。



私は再びトイレで頭を抱えた。
そういえば、付き合おうなんて言われてないじゃないか。
私は唇の皮が剥げるほど、ゴシゴシとふいた。

(いやだ。いやだ。自分が本当に嫌)
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