彼は意地悪なボイスアクター〜独占欲の強い彼に溺愛され狂いそうです〜
及川さんのことは本当に好きだったと思う。
好きだったから余計に悔しいのだ。

でも奥さんの顔が目に焼き付いて離れない。
きっと、奥さんの方がもっと悔しいはずだ。
辛いはずだ。


(ごめんなさい)


今なら、素直に謝られるかもしれない。
いや、どうだろう。
こんな未練たらたらな状態で、きちんと謝罪に行くなんてできない。
あんな謝り方で許してもらえるものなのだろうか。

私は目をぎゅっと瞑った。
これ以上、涙が出ないで欲しい。
私はなんてことをしてしまったのだろうか。
もしかしてお子さんもいるとかだったら……
そう思うと、だんだんと気分が悪くなってきた。



その時だ。
ドアの向こうから声が聞こえていた。
すぐにそれは同期たちの声だとわかった。


(あまり人がこないトイレに来たはずなのに……なぜ?)


私はあのあと、階段を駆け上がり、食堂より3階上にあがった。
そこは節電の為に電気が消えていた。
だから人は来ないと思っていたので駆け込んだのだ。
次から次へ流れる涙を止められなかった。
すぐに1人になりたかったのだ。


(なのに……なんで、ここに来るの!)


ここにいることが同期たちに絶対にバレたくなかった。
どんな顔して彼女たちを見ればいいか、わからない。
私は祈るような気持ちだった。
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