落ちこぼれの魔女なので、モフモフになって憧れの騎士様に飼われることにしました。
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「うわああぁぁ~!」
ぽーんと勢いよく崖から放り出される私の身体。夕陽を浴び、赤褐色に染まる壮大な谷をバックに、私の身体はひゅるひゅると間抜けな音を立てて谷底へと落ちていく。
──し、死にたくない!
私はソロで活動する魔女と呼ばれる存在だった。
……落ちこぼれだけど。
魔女なのにあまりにも攻撃魔法がヘタクソすぎて、王都のギルドでパーティを組むことも出来ず、日々一人で弱々なモンスターを狙ってはちまちま討伐していたんだけど、とうとうヘマをやらかして負けてしまった。
負けたモンスターはウリ坊だ。背中に三本線のあるマクワ猪の幼体。そいつのカワイイ鼻先で、ドーンと突き飛ばされてしまったのだ。
弱すぎるのにもホドがある。マクワ猪にならともかく、相手はウリ坊だ。自分の腰高しかない体格の幼体モンスターに、あっさり負けてしまった。
ものすごい速さで流れていく景色を見ながら、私は己の非力さを呪っていた。呪いながらも、何とか助かる方法を考える。こんな死に方は流石に惨めすぎるからだ。
──このまま、人間の姿で落ちていったら……。
確実に死ぬ。そんなことはアホな私でも分かっていた。ワンチャン、どこかの木の枝に引っかかるかもしれないけど、何もないところへ落ちたら確実に人生終わる。ぺちゃんこだ。
そこで何かに変幻することにした。私は落ちこぼれだけど幸か不幸か変身は得意だった。
空を飛べる生き物がいいかな?……いやいや、すでに落ちているこの状況から羽ばたくのは難しいし、羽のある生き物は羽を折ったら終わりだ。
高いところから落ちても、平然としているような生き物が望ましい。考えて考えて、たどり着いた結論は、宝石獣になることだった。
宝石獣はネコとウサギのあいの子のような姿をしていて、顔立ちと体格はネコだけど、耳はウサギのように長く、しっぽはタヌキのようにふさふさだった。瞳はエメラルドやサファイアを思わせる色をしていて、それが宝石獣の名の由来になっている。
見た目の愛らしさばかりが注目されがちな愛玩モンスターだけど、実はお城のてっぺんから落ちてもケガ一つしないようなずば抜けた柔軟さを持つ。
私は最後の力を振り絞って、変身の呪文を唱えた。
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結論から言えば、どうやら私は助かったらしい。気がついたら丸くてふわふわなクッションのようなものに寝かせられていた。目の前にはお水が張られた小皿もある。
ぎしぎしと痛む身体をなんとか起こし、眉間に皺を寄せながら。私はじっと自分の手のひらを見つめる。
ぷっくり膨らんだピンクの肉球と、毛艶があまりよろしくない黒い体毛。なんとか私は宝石獣になることが出来たようだ。
宝石獣は人気のあるペットだ。誰か親切な人が私を拾ってくれたのだろう。
部屋は白を基調とした清潔感のある内装で、奥にベッドとクローゼットがあるだけのシンプルな部屋だった。スンと鼻を動かすと整髪剤のような爽やかな匂いがした。
──出来れば金毛の宝石獣になりたかったけど……。
ネコとウサギの合いの子のような宝石獣は、宝石獣であるだけで愛らしい存在だが、やっぱり人気の毛色というものがあり、黒い毛の宝石獣の人気はいまいちである。
出来れば金毛の宝石獣になりたかったけど、変身は元の姿の色彩を受け継ぐことが多い。
深々とため息をつく。
とりあえず、命は助かったので良しとしよう。
ふたたび、清潔な匂いがするクッションに寝そべると、戸が開くガチャリという音がした。
「おっ? 目が覚めたかい?」
若い男の人の声。びくりと背を震わせて恐る恐る顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
──あ、アリソンさん⁉︎
魔法騎士のアリソン・ディオレサンツ。目が覚めるような煌びやかな金髪と、雲一つない青空のような瞳を持つ、爽やかでかっこいいと評判のモテ男である。
凛々しさがある中にも甘さのある美男子で、魔女のなかにもファンは多かった。もちろん私もファンだった。
まさか彼に拾われるとは。
あまりにも嬉しすぎて、気がついたらフサフサなしっぽをぶんぶん振り回していた。
「ははっ、元気だなぁ! お前、さっきまでキズだらけだったんだぞ? あんまり動くとキズ痕が疼くぞ?」
アリソンは大きな手で私の脇の下をやさしく掴むと、たくましい腕にそっと毛玉を抱いた。おそらく彼が私の傷を魔法か何かで癒してくれたのだろう。
手も腕のなかも、とても暖かった。なんて安心できる場所だろうか。
慈悲深い笑みが、ひとりぼっちで寂しく生きてきた私にやさしく降り注ぐ。私が人間の姿だったら泣いていたと思う。幸せなシチュエーションすぎて。
彼の背後には光が差してみえた。
アリソンはきさくで話し易く、誰とでも仲良くしていた。絵に描いたようなムードメーカーだった。
私はこっそりアリソンのことをいいなと思っていた。でも人気者の彼とどうにかなりたいとは露ほどにも思っておらず、たまに彼と挨拶を交わしたり、二つ三つ世間話をするだけで有頂天になっていた。
夜寝る前に、アリソンから言われたことを何度も何度も反芻し、彼の優しい笑みを思い出していた。
もっとたくさん一緒にいたかったから、夢でもいいから逢いたかったのだ。
──これ、私の夢かも。
ウリ坊に崖から突き落とされて。こっそり片思いしている相手にたまたま助けてもらえるなんて。こんな都合の良すぎる展開、女性向けの恋愛小説でも今時なかなか無いだろう。
──いつも妄想していたけど。
私は落ちこぼれのへっぽこ魔女だけど、変身だけはそこそこ得意だった。何か愛らしい生き物になって、アリソンに飼われたいと常々思っていたのだ。
ただ今までは実行しなかった。アリソンが動物好きかどうかは分からなかったし。それに恋人が来るかもしれない部屋で飼われるのはリスキーだと思ったのだ。
アリソンはかっこいい。そしてモテる。恋人がいる噂は無かったけど、こういうモテる男ほど、影でこっそり上手くやっているものなのだ。
「お前は野良のカーバンクルなのか? 首輪はないし、毛艶もあんまり良くないし」
背中をするっと撫でられる。アリソンの手のひらの感触が心地よくて、腰が思わず浮いてしまった。
毛艶が良くないと言われたのはショックだけど、撫でて貰えるのは嬉しい。私もお返しとばかりにアリソンの厚い胸板に顔をすり寄せたら、彼はくすぐったそうに笑った。
──宝石獣になって良かったかもしれない。
とっさの判断だったが、大当たりだった。
「良かったら、俺と一緒に暮らさないかい?」
ニッと白い歯を見せてアリソンは笑った。
私に断る謂れはない。心臓が止まりそうになりながら、こくこく頷いた。
今までの私の人生、何一つ上手くいかなかったけど、どこで何があるか分からないものだ。
夢にまで見た……いや、夢に見ようとした憧れの人との同棲生活!
……ま、私はペットだけど。
ともかくアリソンとの生活が始まったのだった。
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