落ちこぼれの魔女なので、モフモフになって憧れの騎士様に飼われることにしました。
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「さて、お前の名前を決めなきゃなあ」
その場に座り込んだアリソンは、形の良い滑らかな顎をなでながら、全身黒いモフモフになった私の姿をじっと見つめた。
いくら今の自分の姿が宝石獣になったとは言え、好きな相手にじろじろ見られるのは恥ずかしい。
「黒い毛に緑の瞳。そうだなぁ……。お前の名前はハロルだ!」
「⁉︎」
「ははっ、嬉しいか? 良い名だろう?」
しばらくう~んと悩んで。アリソンが口にした名前は何と私の名だった。
私の名前はハロルと言う。私は外見も地味だけど、名前もぱっとしなかった。
たまに挨拶を交わすだけの相手の名を、彼はよく覚えていたと思う。さすが勤務態度に定評のある魔法騎士アリソンである。
魔法騎士は公的施設であるギルドを管理するお役人でもあった。
しかしこれから飼うつもりのペットに、毛色が似ているだけの顔見知りの名を付けるのはどうなのだろうか?
──でも、嬉しいな。
少々複雑な気分になったけど、アリソンに名前を覚えてもらえていた事が嬉しくて。またしっぽをぶんぶん振ってしまった。
「可愛いなぁ。へへ、よろしくな」
私の頭とあごを、節くれだった指でわしゃわしゃと撫でながら、アリソンは磨かれたように澄んだ目を細めた。
──か、かわいいって言われちゃった。
宝石獣は無条件で可愛らしいのは知ってるが、それでも今は素直に喜びたかった。
生まれてはじめて男の人に可愛いと言われた。可愛いと言われることが、こんなにも嬉しいことだったとはまったく知らなかった。
今まで生きてきて、嬉しいと感じたことをすべて寄せ集めても、ここまで胸はときめかないだろう。
何せこんなに幸せを感じたこと、私の慎ましい人生で一度も無かったからだ。たまにはウキウキしたって罰は当たらないと思う。
まあ、今の私はペットだけどね!
◆
幸せも、過ぎると苦しいという事も、私はアリソンに飼われて初めて知った。
初日から、アリソンのベッドに手招きされて一緒に寝た。
もう、眠たそうな顔で手招きされるだけで有頂天になったし、どきどきしながら布団に入ったら、暖かいし、湯上がりの石鹸の良い匂いはするしで、ここは天国かと思った。
頭も背中も大きな手で撫でられて。あ~~宝石獣になって本当に良かった~~! って思ったんだけど。
……正直に言うと、一睡もできなかった。そう、興奮しすぎて。
男の人の隣で寝るという経験がそもそも生まれて初めてで、しかも相手が半年間も絶賛片思いしているアリソンだ。
目はギンギンに冴え、心臓がどくどくうるさくて……寝られるわけが無かった。
「何かあんまり元気がないな? ……俺のいびきがうるさかったかな?」
首を横に振る。彼は終始健やかな寝息を立てていて、寝相も良かった。
──寝顔、可愛かったなぁ。
眠れなかったのは、寝てしまうのがもったいないぐらい、アリソンの寝顔が可愛かったのもある。爽やかなイケメンは寝顔もたいそう素敵だった。伏せられた長い金の睫毛が震えるたびに、胸がときめいた。どれだけ見つめていても飽きることがなく、気がついたら外は明るくなっていた。
「さて、今日は非番だけど、ちょっくら行ってくるな」
着ていた綿の寝巻きをぽんぽん脱ぎ、私にその素晴らしすぎる肉体美を惜しげもなく晒しながら、彼は騎士服を身につけていく。
──非番なのに出かける?
もしかして、恋人とのデートだろうか?
アリソンは明らかに浮かれた様子で装備品を身につけている。もしかしたら、お相手は軍の関係者なのかもしれない。
寂しいが仕方のないことだ。アリソンほどの素敵なひとが、一人身なんていうのはありえないだろう。
お休みの日なのだから、拾った次の日ぐらいは一緒にいてくれても……と思ったが、彼にだって予定はあるだろう。拾ってもらっただけでも幸運だったと、何とか思い直した。
「今日はハロルさんが換金所に来る日なんだ」
灰色の外套を着込み、襟元を直しながら、アリソンは鏡に向かって嬉しそうにつぶやく。
──ん? ハロル?
またもや出てきた私の本名に首を傾げる。もしかして彼の言ってるハロルは私ではないのだろうか?
私は今、宝石獣になってここにいる。
換金所にはもちろん行けない。
「ハロルさん、昨日はウォルタの絶壁にモンスター討伐に行ったらしいんだ。たぶん今日あたり魔石の換金に来るんじゃないかなって。……ああ、ごめんよ。お前の名前の由来を教えるのを忘れていたな」
すっかり着替えを終えたアリソンは私を抱き上げる。
ウォルタの絶壁。たしかに昨日私はその場所へ行き、マクワ猪の子どもに崖から突き落とされた。
──なんで知ってるんだろう?
彼は騎士だから、公的施設であるギルドの台帳を見る機会だってそりゃああるだろうが、魔女なのに下級冒険者でしかない私の予定を知っているのは、なんだか腑に落ちない。
「ハロルさんっていうのは、魔女で、すっごく可愛くて、きれいで、優しい……。俺の憧れの人なんだ」
アリソンは頰をかきながら照れ臭そうに言う。彼の言っていることが一瞬理解出来ず、私はぱちぱち瞬きをした。
「ハロルさんと出会ったのは一年前。俺が魔法騎士の叙任式を受ける前だ。俺は地方領主の三男でね、まだ王都のことなんか右も左もわからない時期で、彼女がいろいろ助けてくれたんだ」
アリソンは嬉しそうに話すが、私が彼のことを知ったのは半年前だ。一年前とはどういうことだろうかとまた首を傾げる。
確かに私は約一年前、田舎から出てきたばかりだという青年を助けたことはあるが。しかしその青年はローブを目深に被り、大きな眼鏡をかけた如何にもな魔道士風の青年で、騎士の中の騎士って感じの、アリソンとは真逆のタイプだったはずだ。
「おっと、ハロルさんが換金所に来てしまう! 続きはまた後でな。……あ~~、今日こそは彼女を食事に誘えますように!」
きらきらしい金髪の毛先をいじりながら、アリソンは慌ただしく部屋から出て行く。
ぎりぎりまで身嗜みを気にするその姿は、恋する男の姿そのもので。私に会うために非番でも換金所へ出向き、今日こそは食事に誘えるように天に祈るさまを見、私は信じられなくて……開いた口が塞がらなかった。
──アリソンさんは、私のことが好き……⁉︎
いやいや嘘。嘘だ。そんなことあるわけがない──今まで男のひとにろくすっぽ声を掛けられたことがなく、何なら姿すら視界に入ってないんじゃないかと思うぐらいスルーされてきたこの私が、よりにもよってアリソンに好意を持って貰えるなんて。
町行くカップルを横目で見ては、羨ましくて恨めしくて、家でこっそり泣いていたこの私が……⁉︎
人一倍虚しい人生だったのに、信じられない。
私は身体が小さいことを良いことに、その辺をころころ転げまわった。
──嬉しい。嬉しすぎる!
生まれてはじめて男性に好意を持ってもらえた嬉しさから、私は重要なことをすっかり忘れていた。
今の私は宝石獣。しかも討伐は失敗していて、換金所にはいけないのである。
完全にアリソンは無駄足だった。