落ちこぼれの魔女なので、モフモフになって憧れの騎士様に飼われることにしました。

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 それからしばらくして。アリソンは沈んだ顔をして戻ってきた。
 家を出る前の、浮かれた表情が嘘のようだ。

 ──ううっ、胸が痛い。

 彼のお目当ての相手は、今ここに耳の長い黒い毛玉となって存在しているのだから。
 仕方がないとはいえ罪悪感がすごい。


「ハロルさん、換金所に寄るどころか……ゆうべはギルドに顔を出さなかったらしい」

 腰に下げていた上物そうな剣帯を壁に立てかけながら、アリソンは深い深いため息をつく。

「思えば俺も、昨日はウォルタの谷底にいたのに、ハロルさんに会わなかったな……。何かあったのだろうか……」

 ──心配してくれてる。

 眉尻を下げ、ため息まじりにつぶやくアリソンは私の心配をしてくれていた。

 私には家族がいない。唯一の肉親である母親は三年前に病気で亡くなってしまった。母が亡くなってから、食い扶持を得るために一人で王都へ来た。
 ギルドの人たちもはじめのうちは私が魔女なので期待してくれていたが、最近は挨拶すらろくに応じてくれなくなった。定期的に参加している魔女の集会でも、攻撃魔法が下手すぎる私はろくに相手にされず、爪弾きにされてきた。

 母が亡くなってから、こんな風に誰かに心配されたことは初めてだった。私には友達はおろかご近所付き合いをする相手すらいなかったから。

 私が今、人の姿だったら。きっとわんわん泣いていたと思う。
 不謹慎だという事は分かっているけど、嬉しかった。誰かの心のなかに自分が存在しているのだと思うと、それだけで満たされた気持ちになった。

「お前もハロルさんの心配をしてくれているのかい? 優しいな」

 アリソンの脚に頭をすりつける。すぐにでも元の姿に戻って心配をかけたことを謝りたかったけど、私の魔力は宝石獣になったことで枯渇していた。

 たぶん、元の姿に戻るには、あと最低二・三日はかかる。

「ハロルさんの家に行ってみようか……。もしかしたら酷い怪我をして、寝込んでいるのかもしれない」

 アリソンは曲げた指をあごに当てながら、うんうん一人で頷いている。

「もう一度ギルドへ行って、ハロルさんの家の場所を聞いて来るか」

 貴族の子弟しかなれない超絶エリートである魔法騎士(ルーンナイト)が、下級冒険者でしかない落ちこぼれ魔女の住まいの場所を聞く。──家宅捜査だと、ギルドのオーナーに思われるのは嫌だった。
 私は落ちこぼれのへっぽこ魔女だけど、三年間王都のギルドで真面目に働いてきた矜恃がある。大ごとにして欲しくなかった。

「ミー! ミー!」
「どうしたんだ? とつぜん女の子の家に行くのは良くないって言いたいのか? ……でもなあ、何かあったら困るだろう? 俺はハロルさんに何かあったら生きていけないんだよ。彼女の存在は俺の心の支えなんだ」
「ミィィーー‼︎」
「だいじょうぶっ! ギルドのオーナーさんから上手いことハロルさん家の場所を聞きだすさ」

 ──だいじょうぶじゃない~!

 心配して貰えるのも、心を寄せて貰えるのもとっっても嬉しいけど! ありがたいけど! ギルドに私の家の場所を聞くのも、家まで来ようとするのもちょっとやりすぎだと思う。

「……はぁ。ハロルも一緒に来るかい?」
「ミー、ミー」
「お前、賢いよなぁ。俺の言葉、完全に理解してるよな?」

 ぴょんとアリソンの肩に飛び乗る。宝石獣(カーバンクル)は身軽だ。宝石獣に変身してまだ間もない私でも、人の肩に飛び乗るぐらいのことはラクにできた。

 ──まあ、家へ行っても誰もいないんだけど。

 しかし今の私は人の言葉を話せぬ宝石獣。アリソンについていくことしか出来なかった。



 ◆



「う~ん、家にも戻っていないのか……」

 アリソンはギルドのオーナーからの信頼も厚く、彼が私の様子を見に行きたいと言ったらあっさり住所を教えた。魔女とはいえ、若い女の個人情報をこんなにもあっさり教えていいものだろうか?

 どうやら、オーナーもアリソンの私への気持ちを知っていたらしい。……すっごいニヤニヤしてた。

 しかし私の家を訪ねても、当然私はいない。私は今、アリソンの肩の上にいるからだ。

「どこに行ったんだ……ハロルさん」

 眉根を寄せて、俯くアリソン。
 
 ──どうしてアリソンさんはこんなにも私の心配をするのだろう?

 私が行方不明になって、まだ丸一日も経っていない。私が子どもならともかく、大のオトナだし、冒険者だし、何より魔女だ。魔女は常人よりも多くの魔力を持つ分、普通の人間よりもずっとタフで死ににくい。
 冒険者の仕事は常に危険と隣あわせだ。モンスターの討伐中心になるから、仕事場は当然人里離れた場所になる。天候が崩れて帰れなくなったり、二・三日野宿することもままある。
 こんなこと言うのはアレだけど、アリソンは心配しすぎだと思う。

「……ウォルタの絶壁に行ってみるか」

 せっかくのお休みを潰してまで私を探そうとしてくれてる。
 申し訳なくて、彼の外套をくわえて引っ張った。

「ミー! ミー!」
「なんだよ、ハロル。次の転移魔法は上手くやるよ」
「ミィィーー‼︎」

 ──違う。そうじゃない!

 そろそろ家に戻って休んで欲しかった。それにこれ以上私を探して貰うのは申し訳ない。罪悪感で死んでしまいそうだ。
 私の方も、元の姿に戻ろうとスペルを唱えるもやっぱり上手くいかない。
 私はやっぱりへっぽこ魔女だった。
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