落ちこぼれの魔女なので、モフモフになって憧れの騎士様に飼われることにしました。

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 あれからアリソンのことを止めることが出来ず……。
 けっきょく一人と一匹でウォルタの絶壁に来てしまったんだけど、まずいことに見つかってしまったのだ。……私の靴が。

 崖のすぐ手前のところで、私が履いていた赤い靴が片方だけぽとりと落ちていたのである。……意味ありげに。

 私はぎゅっと目を瞑り、天を仰いだ。

 アリソンは急いで崖の下を覗いて、それはもう蒼い顔をしていた。何せ、崖のすぐ下の枝には私のローブの切れ端が引っかかっていて、あきらかに転落した証拠が残っていたからだ。

 ──もう少しキレイに落ちれば良かった。

 せめて木の枝にローブを引っ掛けなければ、私の隣にいる人は、ここまで身を震わせていなかっただろうに。

「ハロルさん……!」

 私が転落した先は、アリソンが所属している部隊の巡回先だった。とっさに宝石獣に変身した私は、巡回業務中の彼に助けられたのだ。
 崖は思っていたよりもぜんぜん高かった。崖の下をのぞき、改めてよく助かったものだと身震いした。宝石獣に変身出来ていなかったら、私は確実に死んでいた。

「ミィー……」
「この高さから落ちたら、魔女でも助からないよな……」

 ──助かってるけど……

 あなたのおかげで。そう言いたかったけど、口から出るのは宝石獣の甲高い鳴き声だけだ。

「ハロルさん。俺がさっさと告白して、求婚していたら……。こんなことには……」

 悔しげに外套の裾をぐしゃりと掴む、アリソンを見上げた。

 ──求婚?
 結婚は早すぎるんじゃ……

 ぎょっとしたけど、アリソンはまだ若い男の人だ。ハタチ前後の男の子は直情的だと聞くし、付き合ってもいない好きな相手との結婚を軽率に望むものなのかもしれない。……分からないけど。

 それに彼は私のことをよく知らない。もしかしたら、私のことを大人しくて家庭的な女とでも捉えているのかもしれない。
 残念ながら私は魔法だけでなく、家事も苦手だった。素朴なのは外見だけだった。

「軍の詰所へ行こう。もしかしたらハロルさんのい……ハロルさんのものが届いているかもしれない」

 アリソンは遺体と言いかけて、やめた。下唇を噛む姿に、また胸が痛くなる。

 思い人が崖から転落したのに、泣いたり取り乱したりしないところは、さすがは騎士だと思った。

「ミィーー……」
「大丈夫だ」

 アリソンの首元にすり寄ると、頭を撫でられた。彼を無駄に悲しませてしまっている罪悪感で、何だか胸が詰まって息がしにくい。

 元に戻れたら一体何からどう謝ったらいいのだろうか?
 アリソンのきれいな瞳は赤くなっていた。



 ◆



 あれからアリソンの転移魔法で軍の詰所へも行ったけど、やはり私の行方は分からない状態らしい。

 当然だ。今の私は宝石獣で、アリソンのお世話になっているのだから。

 アリソンの上官らしき男性は「あの崖から落ちる人間は多いが、ウォルタの谷底は夜は魔狼が徘徊している。……遺体はまず残らんぞ」と厳しい顔をして言い放った。
 探すだけ、無駄だとも。

 ウォルタの谷底が魔法騎士(ルーンナイト)達の巡回ルートに指定されているのも、危険だからだ。

 ──アリソンさんに拾ってもらえてよかった。

 私が崖から落ちた時点で夕刻だった。アリソンに拾われず、宝石獣の姿のまま夜まで気を失っていたら、私は確実に魔狼の餌食になっていただろう。


 一人と一匹。大きな影と長い耳が生えた小さな影。とぼとぼと家路につく。
 アリソンと知り合って半年。彼のこんな沈んだ顔は見たことがない。
 彼はいつも太陽みたいに明るかったから。

 家に帰る途中、アリソンは「ハロルさんと結婚して、あんな危険な仕事からはさっさと足を洗わせれば良かった」と悔しげにつぶやいた。

 アリソンは当然、私が落ちこぼれのへっぽこ魔女だということを知っていた。いつも私のことを心配していたらしく、私となるべく顔を合わせられるように、勤務時間を調整していたらしい。私に何かあったら、すぐに駆けつけられるように、と。

 ──ぜんぜん知らなかった。

 思えば、ギルド経由で冒険者の仕事をしていて、定期的に顔を合わせるような騎士はアリソンしかいない。
 私がまともに会話を交わす相手も彼だけだった。
 少し考えれば、アリソンが敢えて私と接触しようとしていた事など、すぐに気がついただろうに。私は持ち前の鈍感さをフルに発揮して気がつかなかった。

 もう少し自分から、アリソンに歩み寄っていれば良かった。そうしたら、私は自分の身の安全を考えた行動を取れていたかもしれない。
 最近の私は、寂しさからヤケクソ気味だったのだ。討伐でも無理な行動を取りがちだった。今回も無茶をしてウリ坊につき飛ばされてしまったのだ。

 ひとつ息をはく。もやもや考えていたところで、今の私は長い耳を生やした宝石獣だ。何も出来ない。

 ──そういえば、宝石獣(カーバンクル)のことを教えてくれたのも、アリソンさんだったな。

 アリソンは常々、宝石獣を飼いたいと言っていた。
 宝石獣はただ愛らしいだけでなく、類い稀な柔軟性を持っていて、お城の天辺から落ちても平然としていること。
 人の言葉を理解する、賢い愛玩モンスターだということ。
 それはそれは楽しそうに話してくれた。

 アリソンが私に宝石獣のことを教えてくれていなかったら、私は崖から落ちたまま、助からなかった。


「……ハロルさんのこと、本当に好きだったんだ」

 家に着き、外套を脱ぎながら、アリソンはぽつりぽつりと語り出す。

「ハロルさんに、何とか俺のことを好きになってもらいたくて、めちゃくちゃ努力したんだ……。魔法騎士(ルーンナイト)の試験に受かって、デカい眼鏡も外して、内気だった性格だって直したんだ。人見知りするような人間じゃ、ハロルさんと仲良くなれないからな」

 アリソンは、私が一年前にギルド経由で世話をした魔道士の青年だった。たったの二、三日間だったが、とてもおとなしい青年だった事を今でも覚えている。
 ローブのフードを目深に被り、背を丸め、大きな眼鏡を掛けていた。胸に魔導書を抱いてぼそぼそ話すような……そんな冴えない青年だったのに。

 ──信じられない。

 たった半年間で、見違えるほど変わった彼を見上げた。別人だとしか思えない。体格だって、一回り以上大きくなっているのだ。

「髪も半月に一回、髪結にカットしに行ってるし、寝る前に化粧水もつけてる。身嗜みも喋り方も仕草も、ぜんぶぜんぶ、ハロルさんと仲良くしたかったから頑張ったのに……」

 ──すごい。

 絵に描いたような田舎から出てきた、おとなしい魔道士の青年が、今では王都中の女性たちからキャーキャー言われるような存在になったのだ。
 もともとの素材が良かったのだろうが、ここまで変われるのは本当にすごい。
 よく年頃の女の子は綺麗になるというが、彼は本当にかっこよくなった。惚れ惚れするほど、素敵な青年になった。

「でも、色々努力するようにしたら、怖いお姉さんたちから後をつけられるようになってさ。……俺はハロルさん以外興味無いってのに。上手くいかないものだよなぁ」

 天井を見上げてから小さくため息をつき、アリソンは黒いモフモフの私に、困ったように笑いかけた。

 ──どうして……。

 どうしてアリソンはそんなにも私のことが好きなのだろうか。
 私は、たった数日間彼の世話をしただけなのに。しかもそれはギルドから頼まれた仕事だった。

 彼の気持ちは嬉しくて仕方がないが、卑屈な私はどうしても腑に落ちない。


「先輩たちや上官からはさ、ハロルさんのことは諦めろって言われてたんだよ。……彼女は魔女なのに何故か魔法が苦手でさ。それでも何年もギルドで冒険者をやってるから、みんなハロルさんのバックには大物がいるだのなんだの言っていたんだ」

 ──バックに大物?

 大物どころか友達すらろくにいない。最後に誰かと食事をしたのは死んだ母親とだし、日常的に一番会話していた相手はアリソンである。
 普段の私は言葉を忘れそうになるくらい、話し相手がいなかった。
 王都には仕事は溢れているが、後ろ盾も才能も無い人間には冷たい場所だった。何もない私に笑いかけてくれるのは、アリソンだけだった。

「俺だって思ったよ。ハロルさんは美人だから、男がいるんじゃないかって。でも、どう見たってハロルさんは良い生活なんかしていなかった。男がいるかどうかはともかく……俺がもっと良い暮らしをさせてやりたいと思ったんだ!」
「ミッ、ミィィ……!」

 好きな相手に良い暮らしをさせたいなんて。今時なんて気概のある青年だろうか。
 私が王都で見てきた若い騎士たちは、貴族の跡取り娘目当ての打算的な男たちばかりだった。
 貧しくて地味な魔女はお呼びじゃないとばかりに、私は無視をされ続けていたのだ。
 
 ──騎士たちはみんな薄情で、少しでも条件の良い女と結婚したがる打算的な生き物だと思っていたのに……

 玉の輿を狙う騎士たちの事情は分かる。彼らは貴族の次男三男で、恵まれた子ども時代を過ごした者ばかりだ。結婚で生活レベルを落とすようなことをしたくないのだろう。

 それを分かっていたから、私はアリソンと距離を取っていたのだ。アリソンは貴族家の三男。彼に本気になったら、傷つくと思い込んでいたのだ。



「ハロルさんに会いたい……。会いたいよ」

 一通り自分の心の内を語り終え、ゆったりした部屋着に着替えて気が抜けたのだろう。アリソンはその場に蹲ると、剣だこだらけの大きな両手で、くしゃくちゃになった顔を覆った。

 ──アリソンさん……

 彼の膝にぴょんと飛び乗り、指の隙間から流れる熱い液体を舌でぺろりと舐めとった。
 はじめて口にする男性の涙は、やっぱり塩っぱかった。

「ありがとう……ハロル。やっぱり俺は情けないままだな」
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