落ちこぼれの魔女なので、モフモフになって憧れの騎士様に飼われることにしました。
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アリソンは翌朝、目の下に大きな隈を作りながらも家を出た。
モンスターが多く出る地帯を見回る 魔法騎士の仕事は過酷だ。寝不足で大丈夫だろうかとハラハラしていたら、四半刻もしないうちに戻ってきた。
アリソンは背を丸め、見るからにしょんぼりしていた。
どうも部隊長から今日は帰るように言われたらしい。たしかにアリソンの顔色は酷い。いつもの健康体そのものの彼の表情が一転、誰もが心配するような暗い顔つきになっていた。
「情けない……。人の生き死にには慣れてきたはずなのに、いくら好きな相手が転落死したからと言って、ここまでボロボロになっていたら騎士失格だよな」
「ミィィー…」
片目を手で覆い、俯くアリソン。ふらふらで、今にも倒れそうな様子だった。
今夜からは彼に催眠魔法を掛けよう。そう決意した。アリソンの涙を摂取した私は、少しだけ魔法を使えるようになっていた。
人の体液には魔力が含まれている。アリソンは魔法が使える騎士だ。当然、体内に魔力を保有している。
アリソンが昨晩、膝を抱えながらボロボロ涙を零していたため、私は彼を慰めるていでそれを舐めとっていた。
少しでも体内に魔力を取り込み、一刻でも早く元の姿へ戻るためだ。もうこれ以上彼を悲しませたくない。私のために涙を流して欲しくなかった。
──宝石獣になっていたことも、話さなきゃいけないよね……。
気が重い。
何故ならゆうべ、アリソンは夜通し私のことをどれだけ思っていたか、どれだけ好きだったかを泣きながら切々と語っていたからだ。
ミーミー鳴く、黒いモフモフになった私に。
私の存在がこれほどまでに誰かの心を支配していたとは。思いもよらなくて本当にびっくりした。
元の姿に戻ったら、もう少し自分のことをちゃんとしようと思った。今まで自分のことなんか誰も見てくれないと思って、特に外見はおろそかにしてきたのだ。……貧乏を言い訳にして。
化粧なんかろくにしたことがなかったし、服はいつも黒いローブを着て、女性らしいおしゃれはまったく何もしなかった。ウォルタの絶壁に落とした赤い靴も、前に履いていた靴に穴が空き、最後まで売れ残っていたセール品だったからしぶしぶ買ったのだ。自分を着飾るためじゃなかった。
アリソンの気持ちを知って申し訳なく思った。彼は私の目に留まるためにあんなに頑張ったのに、外見だけではなく元々の性格すら変えたのに。私は彼に気に入られる努力を何一つせず、ただ漫然と生温い妄想の世界に浸っていたのだ。
──恥ずかしい。
時間を戻せるなら戻したかった。アリソンの気持ちを知っていたら、常にフローラルの香りがするオトナのお姉さんでいたのに。もっと良いところを見せようと頑張ったのに。
実際の私は、「不潔じゃなきゃいいよね」がモットーのダサい落ちこぼれ魔女だった。
アリソンは幸か不幸か、香水が大の苦手だったため、安い石鹸の匂いしかしない私に好感を持っていたようだけど。
彼が私を好きになってくれたのは、いくつもの偶然が重なった結果の奇跡だった。
──アリソンさんの好みを聞かなきゃなあ。
元に戻って、今までの経緯を話したら、もしかしたらフラれてしまうかもしれないけど。それでもアリソンのためにキレイになりたいと思った。私も、彼のように変わりたいと思った。
私は元々の魔力が少ない。魔法は苦手なままかもしれないが、外見と心は努力すれば磨けるはずだ。
一晩中、アリソンから愛の言葉を聞かされ続けた私は、今までにないぐらい自己肯定感が満たされ、思考が前向きになっていた。
◆
「ふぅ……」
それから丸一日経って。私は三日半ぶりに人間の姿に戻った。
この三日間、アリソンに毎日洗面ボウルのお風呂に入れてもらい、高級シャンプーで全身を洗ってもらっていた私の毛艶は、今までにないぐらいサラツヤになっていた。
姿見鏡をみて思わず声が出てしまった。髪の毛が綺麗になっただけでも人間見違えるものである。思わず広告のポスターのようにかきあげてみた。綺麗になるのが嬉しいということも、はじめて知った。
私の髪をサラツヤにしてくれた、当のアリソンはというと、寝ていた。というか、私が魔法で眠らせた。
彼の涙から摂取できた魔力の量はかなりのものがあり、予想よりも早く元の姿に戻れた上、彼を眠らせる余裕すらあった。
「アリソンさんを眠らせてから、元に戻って良かったぁ……」
元に戻ったら私は裸だった。下着すらつけていない。宝石獣になっていた最中は服のことなど気にしたことがなかったが、いざ元に戻る時にハッとした。
そういえば服はどうなるんだろうかと。
念のため、アリソンに催眠の魔法をかけておいてよかった。彼が起きていた時に、素っ裸で元の姿に戻ったら大惨事である。
──申し訳ないけど、アリソンさんから服を借りよう。
裸の上に直接服を着るのは抵抗があったが仕方がない。人ん家で裸でいるわけにはいかなかった。
部屋にあったクローゼットを開けて、なるべく女性でも着られそうな服を探した。裸で他人のクローゼットを漁る自分……顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。
「んんっ……」
「えっ⁉︎」
クローゼットの隣にあるベッドで寝ていたアリソンが身動ぎした。彼は物音をうるさく思ったのか、ごろんと寝返りを打っている。
彼の呻き声が聞こえて、その場で飛び上がるほど驚いた。
「……アリソンさん、もう少しだけ寝ててくださいね」
私は催眠魔法をアリソンに重ね掛けしようと、彼の頭上に手をかざしたら──なんとその手をむんずと取られてしまった。
「はっ⁉︎ えっ⁉︎ ……ちょっ、アリソンさん⁉︎」
そのままぐぐっと腕を引きずられ、私はあれよあれよという間にベッドのなかへ沈められてしまったのである。