落ちこぼれの魔女なので、モフモフになって憧れの騎士様に飼われることにしました。

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 翌朝。私はお風呂と服を借り、アリソンと一緒にベッド廻りを片付けた。二人とも無言だった。ゆうべお互いが晒した痴態がウソのように、気まずくなっていた。
 顔も耳も熱い。たぶん、私は首まで真っ赤になっていると思う。

 浄化の魔法であらかた綺麗には出来たものの、シーツの洗濯と部屋の換気はどうしても必要だった。
 どれだけ清掃系の魔法を使っても、淫猥なにおいが残るベッドに、顔から火が出そうだった。

 ──私の、ばか……!

 何であんなに浅ましくも何回もおねだりをしてしまったのか。アリソンの引き締まった腰に足を絡ませ、お尻に力を入れて吐精を何度も何度もしつこくねだってしまったことを思い出し、叫び出しそうになる。

 ──アリソンさんに好きモノだと思われてたらどうしよう……。

 私は昨日まで、紛れもない処女だったのに。

 でも魔力ごと注がれる中出し行為にハマってしまったのは事実だった。はじめてだったのに、お腹いっぱい精液を受けてしまった。

 やっと落ち着けたのはお昼前だった。

 アリソンは困った顔をして金髪をわしわしかきながら、「隊長から一週間休みを貰っておいて正解だった……」と溢していた。
 私は彼の家族じゃないのに、弔事休暇が出たらしい。いったいどれだけ筒抜けだったのだろう。彼の私への気持ちは。


「はい、紅茶。……安いヤツで申し訳ないけど」
「ありがとうございます。いただきます……」

 アリソンから借りた上下ぶかぶかな服を着て、袖から指だけ出してマグカップを挟む。鮮やかな琥珀色から立つ湯気からは、良い香りがした。
 アリソンの顔をまだ直視できなくて、私は熱いカップを冷ますフリをして、ふうふう息を吹きかけながら俯いた。
 テーブル越しに私たちは向かい合っていた。昨夜、お互いに体液まみれになりながら、密着していたのが嘘のようだ。

「すごい、夢みたいだな」
「はい?」

 何だか嬉しそうな声をあげるアリソンに、思わず顔を上げてしまった。
 彼はアクアマリンのような綺麗な瞳に弧を描いていた。

「ハロルさんが生きていて、本当に良かった……」
「ご、ご心配をおかけしました……」

 朝、起きた時も平謝りしたが、また私はアリソンにぺこぺこ頭を下げた。
 宝石獣(カーバンクル)になった経緯も、人間の姿にはすぐには戻れなかった事情も、ぜんぶ説明済みだ。どれだけ謝っても謝り足らないような気がして、いた堪れない。

「ごめんなさい……」
「いいよ! 謝らなくても! ……君が助かったのならそれでいいから」

 ──ああ、なんて良いひとなのだろうか。

 この三日間、さんざん無駄な心配をさせられたというのに、少しも怒らないアリソンは天の使いだろうか。

 ──私は良いひとを好きになったわ……。

 ほんとうに良い人を好きになれた場合、相手を心から好いているという事実だけで、幸せな気分になれるということも、はじめて知った。

 アリソンとの関係が今後どう転ぶかは分からないが、これからの私はきっと今までよりもずっと前向きに生きていけると思う。

 お腹に手をやる。魔女は避妊魔法が使える反面、孕みやすかったりする。権力者の子を産み、財を得る魔女が多いのはこのためだ。

 アリソンは私との結婚を強く望んでいるが、彼の実家は貴族である。彼がいくら私を妻にと望んでも、実際は難しいと思う。

 ──この子は私一人で育てよう。

 私の母も貴人と交わって私を産んだ。母も魔力が少ない落ちこぼれ魔女だった。ずっと貧乏していたが、それでも私のことを愛情深く育ててくれた。
 貧しくても、母の子に生まれて私は幸せだった。
 私も母のように愛情を掛けてこの子を育てよう。そう覚悟していたのに。

 アリソンはどこまでも真っ直ぐだった。

「……ハロルさん、俺さ。実は実家に勘当されているんだ」
「えっ」
「俺、騎士団ではディオレサンツ家の名を名乗ってるけど、実は庶子なんだ。……俺の母親は魔女だった」

 普通の人間にしては、やけに魔力が多すぎるとは思っていた。魔女の子なら納得だ。
 長い金の睫毛を伏せ、その場に座り直したアリソンは、生い立ちを語りはじめた。

「二年前、長兄が正式に家を継いで……。俺は金だけ渡されて別邸から追い出された。もともとディオレサンツ家から爪弾きにされていたから、勘当される覚悟はしていたんだけどな」
「そうだったんですか……」
「ああ。だから、その……。俺は金持ちじゃないんだ。ごめんな、期待しただろう?」
「期待?」
「俺と結婚したら、贅沢な暮らしが出来ると思っていたら、……その、可哀想だと思って」

 首を横に振る。そもそも私が結婚出来るだなんて本気で思っていないし、もしもアリソンと家族になれるのなら、それだけで十分だ。
 いや、十分すぎるぐらい、私には過ぎた幸せだと思う。

「……アリソンさんのお母様は?」
「三年前に病気で亡くなった。……働いて、恩返しが出来たらと思ってたんだけどな。あの家から与えられた別邸で二人きりで暮らしていたから、俺の家は母子家庭みたいなモンだったんだ」

 はじめて聞くアリソンの生い立ち。彼は奇しくも私と似たような家庭環境で育っていた。

「……ハロルさんの生い立ちを聞いた時、こんなことを思うのは間違ってるかもしれないけど、俺と似てるなって思った」
「そうですね……」
「運命だって、思った」

 アリソンは俯いていた顔をキッと上げると、私の手を取った。

 ──うんめい?

 魔女の子が母子家庭同然で育つのはよくあることだと私は捉えたが、どうも彼は違っていたらしい。
 彼の青の瞳に、力が入る。

「ハロルさん!」
「は、はい⁉︎」
「俺はまだ騎士一年目だし、後ろ盾はないし、貯金もあんまりないけど、でも! 家庭を持ちたいっていう気持ちは誰よりも強くて、俺の家族には良い暮らしをさせてやりたいって思ってる……!」
「う、うん」
「今は給金が少ないから、使用人も雇えないし、デカい屋敷にも住まわせられないけど、子どもが出来たら産まれる前から父親教室に通って、ハロルさんを支える! 子どもが産まれたら育児休暇取って、掃除でも洗濯でも寝かしつけでもオシメ替えでも離乳食作りでも沐浴でも何でも俺がやるよ。託児所の送り迎えもする! ……だから、ハロルさん! ……俺と家族になってくれないか?」

 アリソンは給料が少なくて乳母を雇えないぶん、自分も主体となって子育てをするから結婚して欲しいと言い出した。

「あ、給金が少ないって言っても、ハロルさんを養うぐらいは大丈夫だから。それにもっと給金が高くて育休が取りやすい部隊に……ん? ハロルさん?」

 気がついたら、私の頰は生温かい液体でびっしょり濡れていた。口の中が塩っぱかった。

 もう、もう、理解がいろいろ追いつかなかった。
 結婚したいと言って貰えるだけでも嬉しいのに、これだけ具体的にどう幸せにしてくれるか宣言されたら、幸せに耐性が無い私は泣くしかなかった。

「ハロルさん、どうし」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますぅうぅ~~」
「結婚してくれるのか⁉︎」
「はいぃ~~‼︎」

 まだお付き合いもしていないのに、いきなり結婚話をしていいのかとか、私みたいな落ちこぼれが、アリソンのようなエリートに請われたからと言って、易々と結婚を受け入れていいのかとか、思うことは色々あるけれど。

「私、アリソンさんが好きです! あなたともっと一緒にいたい……! あなたの家族にしてください!」

 今は自分の感情に素直になることにした。

 ウリ坊に崖から突き落とされた時はどうなる事かと思っていたけど、人生何があるか分からないものだ。

 ペット生活から一転、私はアリソンの妻になることになった。
 さてさてどうなることやら。
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