落ちこぼれの魔女なので、モフモフになって憧れの騎士様に飼われることにしました。
後日談
「おかあさん、みてみて~!」
キッチン台で芋の皮むきをしていたところ、背後からパタパタと小さな足音が聞こえてきた。
「なぁに?」
幼い声にパッと振り向くと、そこには息子はいなかった。
さらに目線を下げると、木目調の床の上にはモフッモフの金の毛玉があった。一見、長毛の猫のようだが、耳がウサギのように長い。
ぱちぱちと瞬きする。まさか、このサラツヤなダブルコートの毛玉は……。
私が思考を巡らせる前に、毛玉はボンッと小さな爆発音を立てた。
白い煙の中から現れたのは、五歳になる息子の得意げな顔。息子は細くて短い腕をピンッと横に伸ばしている。
「びっくりした? 変化の魔法をやってみたんだよ!」
「まぁ……驚いたわ」
息子は父親ゆずりの金髪を揺らしながら、キャッキャと笑っている。息子はまだ五歳なのに、外見だけでなく魔力も父親ゆずりで多い。彼はたった五歳で、私が扱える魔法の種類をはるかに超えてしまった。
「来年からぼく、魔導学校へ通うでしょう? 今のうちから魔法の練習しなきゃと思って!」
息子はへへっと笑いながら、テーブルの前にある椅子に座る。彼はとても優秀で、王城からわざわざスカウトが来たのだ。魔導学校は王城の敷地内にある。
息子の父親も、今は王城で働いていた。
「おとうさんと一緒に暮らせるの、楽しみだなぁ」
「そうね、今までは年に何回かしか会えなかったものね」
「おかあさんも一緒に暮らせたら良かったのに」
「そうねえ」
私は魔女だ。王城内には入れない。
息子の父親アリソンも、当初は私たちとの別居を嫌がり、王宮付きの任務を拒んでいたが、息子にはまだまだお金がかかる。息子の学費のためにしぶしぶ王城で働いていた。
この国では子に良い教育を受けさせようと思うと、湯水のように金が出て行く。息子は今でも毎日魔導のプレスクールに通っているが、彼のクラスメイトは貴族や商家などの富裕層ばかり。アリソンは騎士の中でも一番給金を貰える王宮の騎士にならないと、息子のプレスクールの月謝は賄えなかった。
こんな家計状況では二人目を作ることなど、夢のまた夢だ。それに二人目の子も魔法の才能に恵まれた子だったらと思うと、やっぱり二の足を踏んでしまう。
子どもが生まれる前はアリソンに似た子が欲しいと思っていたが、優秀すぎる子が生まれると懐が痛い。世の中、なかなかままならないものだ。
ふとタンスの上にある、写真立てへ視線を走らせる。
そこには今年の夏、親子三人で撮った写真があった。
家族を築くということは、理想どおりに行かないことはたくさんある。こんなはずではなかったと思うことはしょっちゅう。これからも、私たち家族には大小さまざまな困難が待ち受けているのかもしれない。
それでも。私は幸せだ。
来年から私はまた一人になってしまうけど、王城で頑張っているアリソンや息子の姿を思い浮かべれば、きっと寂しくない。
「ぼく、ぜったいに国一番の魔法つかいになって、おかあさんにお城を買ってあげるよ!」
「ふふっ、楽しみね」
「一番おっきくて広いお部屋がおかあさんのお部屋ね!」
息子の笑顔が、ふとアリソンのものと重なる。来年はこの子とも離ればなれになる。そろそろ子離れをしなきゃなぁとは思うが、今から寂しくて仕方ない。
「……おかあさん、あのね」
「なぁに?」
急に息子がもじもじし始めた。何だろうと思い、皮を剥いた芋を水に漬けながら、振り返る。
「ぼくが大きくなって国一番の魔法つかいになったら、けっこんしてくれる……?」
「えっ」
「ちょっとまったーーー‼︎‼︎」
突如、バタンと大きな音を立てて戸が開かれた。
びっくりしてダイニングの出入り口を見ると、なんとそこには夫のアリソンがいた。大きな肩を上下に揺らしている。相当急いで帰ってきたらしい。額に汗を浮かべ、ぜえはあと息を切らしていた。
「アリソン……⁉︎」
「わーい! おとうさんだ!」
「おい、ハーティ! 今聞き捨てならないことをお母さんに言っただろう⁉︎」
「ききずてならない? ぼく、おかあさんとけっこんするよ!」
「駄目だ!」
「なんでぇ? ぼくのがおとうさんよりお金持ちになるもん。ぼく、すぱだりになるよ!」
「お父さんよりハーティのほうが出世するだろうが、お母さんだけはやれん!!お母さんは俺の命だ!!」
ギャーギャーギャーギャー
アリソンはまだ五歳の息子と張り合っている。二人とも私のことが好きなのは結構なのだが、何かと張り合うので二人揃うととてもうるさいのだ。
私はぱんぱんと手のひらを打ち鳴らした。
「はいはい! もうすぐ食事が出来るから、先にお風呂に入って来てね」
アリソンが急に帰ってきた理由は後から確認すればいいだろう。彼は任務の合間を縫っていつも帰ってくる。別居当初は夏と冬の長期休暇にしか家に帰れないと涙目で言っていたが、実際はなんだかんだ言いながら一、二ヶ月に一回は帰宅していた。今回も、ただ私たちに会いたかったから、という理由で突然帰ってきたのかもしれない。
「ハーティ、一緒に風呂へ入ろう!」
「ええ~~しょうがないなぁ」
ハーティは憎まれ口を叩きながらも嬉しそうだ。
しばらくすると、お風呂場から明るい声が聞こえてきた。『秘技!ソフトクリーム魔人!』……だとか。
二人の笑い声を耳に、料理の続きをする。今夜のメニューは二人が大好きなトマトのシチューだ。きっと二人とも喜ぶに違いない。私は二人の笑顔を思い浮かべながらゆっくり鍋をかき混ぜた。