口うるさい彼

遠距離友情

 私はその日、一応「ダブルデート」の名目で紀江に誘われていた。
 といっても、ずっと4人で行動するわけではない。
 それぞれ好きなところで過ごし、時間になったら指定の場所(というか、待ち合わせした場所)に戻ることになった。
 修学旅行の自由時間みたいだった。
 
 私以外にもたくさん友達のいる紀江が私を誘ったのは、彼氏がいなかったのと、あと多分「隆太君の好みではなさそう」というのは大きかったのだろう。
 敦夫も隆太君の友達ということは、異性の好みも似ている可能性があったわけだけど、敦夫には特に好みの異性というのはいないという。
 というか、特に彼女が欲しいと思っていたわけでもなく、今日は「俺でいいの?」と思いながらついてきたらしい。

 好きなアイドルを聞いたら、私とは正反対のタイプの容姿や雰囲気を持ったヒトの名前を挙げたが、なぜか「強いて言えばね」というのを何度も言い訳くさく付けた。

「俺、バイクがすげえ好きで。だから隆太と話は合うんだけど、それ以外の部分はまあ普通の友達かな」
「あー、そうなんですか?」
「君とあの子――紀江ちゃんだっけ?も仲いいんだよね」
「あ、はい」
「じゃ、ひょっとしてバイク好き?」
「あー、その辺はよく分かんなくて。ただ、紀江がバイクについて一生懸命話してるところを見るのは好きなんです」
「ふうん、そっか」

 「よく分かんない」は控え目な言い方で、実は「全然分かんない」が正解だった。
 雑誌や製品パンフレットを見せながら、「どれがいい?」って聞かれても、色とか形ぐらいしか違いが分からないので、単純にデザインがかわいいと思うものを指さしていた。
 でも、本気なのかからかっているのか分からない調子で「それを選ぶとはお目が高い!」とか言われて、その後も彼女のバイクトーク独演会が続いたりするのだ。
 あの頃の私は、全く理解できない外国語の音楽を聞くような気持ちで、紀江の果てしなく続く話を、ある意味楽しんでいた。

 ところで、敦夫もバイクはバイクの話ばかりしていたわけではない。
 というよりも、むしろ意識的に無関係な話ばかりしているように見えた。
 だんだん打ち解けてくると、こんなことを言った。

「初対面っていいよね。全然知らない子だから、いろいろ質問できるし」

 人見知り気味の人なら分かってくれると思うんだけど、私はぐいぐい遠慮なく来る人とは意外とうまくいくのに、気を使ってくれているのが分かる「優しい人」には、逆に構えてしまうところがある。

 敦夫という人はそのどちらでもなく、ごくごく自然体で私に質問し、私の質問に答えてくれた。
 だからその日お別れする頃には、何年も一緒に過ごした幼馴染みたいに、ごく普通のため口で会話をできるようになった。

 自宅の住所と電話番号を交換したけれど、すぐ「彼氏彼女(カレカノ)」になったわけではなくて、あくまで友達同士のつもりだった。
 それでも時々は会っていたし、関係はずっと切れなかった。

 ちなみに、紀江と隆太君は、その後何回か会って話したものの、「なんか違うかな」と思って別れたらしい。

+++

 1987年、高校を卒業後、彼は東京近郊にある工場に就職が決まり、私は東日本と西日本の境目にある県の大学に進学することになって、ひとり暮らしを始めた。
 なじみのない土地だったし、どうしてもその大学に行きたかったというよりも、たまたま学費免除の試験に合格して「しまった」というのが正解。それでもうかったことは単純にうれしかった。

 ただ、高校時代だって電車で1時間離れた場所に住んでいたけれど、それよりさらに隔たりができた。
 (さすがにこれでお別れかな…って、付き合ってたわけじゃないもんね)などと内心思っていたら、敦夫はそのタイミングで「付き合ってください」と正式に言ってきた。

 自動車の免許を取るついでに中型免許を取って、K社の250ccのバイクを手に入れたので、「美紅のところまでひとっ走りで行けるから大丈夫」と、八重歯が見える笑顔を浮かべながら、こともなげに言ってきたのだ。

 同い年で、かわいい弟みたいな笑顔で、優しい兄みたいに私に接する人。
 敦夫のことを人に説明するとき、こんな言葉を使ってみたかったけれど、実際には恥ずかしくて言えなかった。
 その代わり、いつもこんなふうに言っていた。

「年は同じだけど、優しくてしっかりした人だよ。ちょっとだけ口うるさいけどね」
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