口うるさい彼
8月7日、未明…
敦夫は愛車に乗って、金曜日の夜、200キロ離れた私の街にやってきて、日曜日の夜帰っていく。
工場の仕事はきついけど、「美紅に会いたいって思えば平気」って、本当に毎週、雨の日も風の日も来てくれる。
四輪車を持っていればもっと楽だろうし、いずれは欲しいと思っているものの、ローンを組むのもうっとうしいし、必要なときはレンタカーを借りればいい程度に考えているみたいだ。
敦夫は少し仮眠を取って夜中の2、3時頃帰るか、寮に戻ってから仮眠を取るか、その日の気分や体調で決めていた。
大体はもう少し早い時間に寝て、夜中起きて――なので、いつも「おはよう。また来週」って簡単な置き手紙をして出ていくけれど、その日日付が変わる直前まで映画を見ていたので、「今日はこのまま帰るね。おやすみ」って私にキスして、「ポテチも結構食ってたから、ちゃんと歯を磨いて寝ろよ」って言って、髪の毛をくしゃっとした。
知らなかった。
バイクの音が遠ざかっていくのって、こんなに寂しいんだな…。
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敦夫と2人でベッドに入っても、大抵私が先に寝てしまうので、「おやすみ」って言ってもらうのは珍しいことなんだなと気付いたのは、かなり後になってからだった。
とにかく、「彼が社員寮に帰り着く少し前、高速道路で事故を起こして亡くなった」というを知ったときは、そこまで頭が回らなかった。
真面目で慎重な人だから、途中で眠くなったら仮眠を取るだろう。
それに絶対、無茶なスピードは出さない。
だから私は、「そういう」事態を全く心配したことがなかった。
だって私に「トイレ行け」「歯磨け」って、あれだけ口うるさく言う人だよ?
高校時代たまに会ったときも、私の動きがちょっとでも危なっかしいと感じると、「ほら、車が来るから」って私を手で制したり、曲がった洋服の襟を「鏡ちゃんと見たの?」と笑いながら言って、直したりしていた。
時々うっとうしいって感じることもあったけれど、基本的に優しくて頼りになる「いいやつ」だと思っていたから、私は「うん」とか「分かってるって」と言いながら、受け入れた。
人に注意するばかりで、自分のことがおろそかだったわけではない。
私が見る限り、もちろんいろいろきっちりやっていた。
おかしいでしょ、そんな人が事故を起こすなんて。しかも死んでしまうなんて。