『Special Edition③』

 業務に追われて昼食を取り損ね、疲労困憊で帰宅しても食事すらとらずに寝落ちたことが度々ある。
結果的に貧血になったり、栄養不足で倒れたこともあるから、彼の言っていることは至極当たり前のことなのだけれど。
この仕事を続けていたら、決して避けては通れない。

「仕事、辞めようかな」
「え?」
「別に私が働かなくても、峻の稼ぎだけで十分食べて行けるし」
「仕事がそんなにも辛いのか?」
「……そうじゃないけど」

 仕事は好きでやっているから、残業まみれだろうが、休みなしだろうが、そんなには気にならないけれど。
育児と家庭を放棄してまで、仕事をしなければならない理由が思いつかない。

 峻と付き合う前は、恋愛も結婚も不要だと思っていた。
まさか、子供を持つようになるとは思ってもいなかったから。

「つぐみが辞めたいなら反対はしないけど……」
「けど……?」
「生き甲斐みたいなもんだろ、つぐみにとって、経理の仕事」
「……」

 確かにそう言われたら返す言葉がないなぁ。
 他に取り柄なんてないから、無心で仕事に没頭して来たけれど。
30歳を超えて、若い頃と同じように無茶が利かなくなったというのもあると思う。
寝て起きたらリセットされていた体が、今はなんだかんだと疲労が抜けなくなって来たから。

「とりあえず、何か腹に入れて、風呂に浸かって……話はそれからな」
「……うん」

 峻は優しい。
愚痴みたいに吐き出した言葉も、ちゃんと拾い集めてくれる。
弁護士という職業柄かもしれないけれど、本当に聞き上手だ。

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