あなたが囁く不倫には、私は慟哭で復讐を。
顔の分からない女同士の闘いを他所に今日も吉高は薔薇の香を匂わせて帰宅した。その面立ちは振り返らなくても《《見える》》、惚けて締まりの無い情けない28歳。
「夕飯、なに?」
「茄子のオランダ煮とお素麺」
「夏らしくて良いね!シャワーして来るよ」
(紗央里さんはさっさと排水口に流してね!)
明穂は吉高の浮気が発覚した当初は狼狽え動揺したが相手の女性の姿を薄らと感じた時に覚悟を決めた。
(離婚しよう)
仙石の義父母や両親には申し訳ないが、浮気をした挙句に事もあろうか「セックスを愉しもう」などと平然と言い放つ男性と暮らして行ける筈がない。神の御前で「死が2人を分つまで」と誓い合ったが明穂の心の中の吉高は死んだも同然だった。
「美味しい?」
「美味しいよ、明穂と結婚した僕は幸せ者だよ」
(幸せなのはあなたの脳内お花畑だけじゃないの?)
ただやはりこれからの人生をひとりで歩んで行くのかと思うと気持ちは沈んだ。
また今日も<非通知>設定の着信音が鳴り響く。携帯電話は消音設定で2階の布団の中に押し込めたがそれでも微小な空気の揺らぎを感じて気が変になりそうだった。
ピンポーンピンポーン
紗央里の着信音から気を逸らそうと掃除機を取り出しスイッチを入れた途端インターフォンが鳴った。そのタイミングに明穂は「ひっ」と小さな悲鳴を挙げてその場に立ちすくんだ。まさか、自宅住所まで知らない筈だとモニターを覗くとカメラいっぱいに唇が映っていた。
「ど、どちらさまでしょうか」
「なに、なに言ってるの!早く開けてちょうだい!重いんだから!」
「お母さん!?」
インターフォンのカメラに顔を付けモニターの画面を占領していたのは明穂の母親だった。明穂に何度も電話を掛けたが一向に出る気配が無いので慌てて来たのだと言った。
「慌てた割に」
「そ、スイカ!仙石さんから頂いたの!」
明穂の胸はチクリと針で刺された。
「明穂、心配だから電話には出てよね!」
「ごめん」
「で、携帯電話は!」
「修理中なの」
「なに、壊したの!」
「液晶画面割っちゃって」
「おっちょこちょいね!」
母親は部屋を見回し「相変わらずなにもない部屋ねぇ」とソファから転げ落ちたクッションを座面に戻した。
「だって危ないでしょ、お掃除も大変だし埃が溜まるから」
「そうね、それが賢明だわ」
「そうだ!」
「なに、如何したの」
離婚をするならば先立つものが必要だ。結婚前から僅かだが毎月貯金をしていた。それが幾らになっているか母親に確認して貰おうと思い付いた。明穂はチェストから取り出した預金通帳を開いて渡した。
「お母さん、貯金幾らある?」
「貯金?あら?」
母親が訝しげな顔をした。 母親のその面立ちに明穂は異変を感じた。
「お母さん、なに、如何したの?」
「明穂、あなた毎月幾ら貯金してたの?」
「60,000円、50,000円の月もあるかな」
「それは吉高さんにお願いしたの?」
「うん、入金は吉高さんにお願いしてあるの」
「明穂、よく聞いて」
それは俄かに信じられるものでは無かったが預金通帳が全てを物語っていた。毎月の入金が確認出来なかった。
「ーーーー嘘」
しかも300万円あった貯蓄もここ1年前から目減りし現在では150万円しか残っていなかった。1年前、もしかしたら紗央里との交際が始まったのもその時期なのかもしれなかった。
「なに、明穂、知らなかったの?」
「え、あ、あっ!色々買っちゃったかな!」
「あぁ、もう駄目じゃない。なにやってるの」
「ごめんなさい」
素知らぬ振りは出来ていただろうか、不自然では無かっただろうかと脇に汗が滲んだ。そして母親が預金通帳を片付けようと引き出しを開けた。
「夕飯、なに?」
「茄子のオランダ煮とお素麺」
「夏らしくて良いね!シャワーして来るよ」
(紗央里さんはさっさと排水口に流してね!)
明穂は吉高の浮気が発覚した当初は狼狽え動揺したが相手の女性の姿を薄らと感じた時に覚悟を決めた。
(離婚しよう)
仙石の義父母や両親には申し訳ないが、浮気をした挙句に事もあろうか「セックスを愉しもう」などと平然と言い放つ男性と暮らして行ける筈がない。神の御前で「死が2人を分つまで」と誓い合ったが明穂の心の中の吉高は死んだも同然だった。
「美味しい?」
「美味しいよ、明穂と結婚した僕は幸せ者だよ」
(幸せなのはあなたの脳内お花畑だけじゃないの?)
ただやはりこれからの人生をひとりで歩んで行くのかと思うと気持ちは沈んだ。
また今日も<非通知>設定の着信音が鳴り響く。携帯電話は消音設定で2階の布団の中に押し込めたがそれでも微小な空気の揺らぎを感じて気が変になりそうだった。
ピンポーンピンポーン
紗央里の着信音から気を逸らそうと掃除機を取り出しスイッチを入れた途端インターフォンが鳴った。そのタイミングに明穂は「ひっ」と小さな悲鳴を挙げてその場に立ちすくんだ。まさか、自宅住所まで知らない筈だとモニターを覗くとカメラいっぱいに唇が映っていた。
「ど、どちらさまでしょうか」
「なに、なに言ってるの!早く開けてちょうだい!重いんだから!」
「お母さん!?」
インターフォンのカメラに顔を付けモニターの画面を占領していたのは明穂の母親だった。明穂に何度も電話を掛けたが一向に出る気配が無いので慌てて来たのだと言った。
「慌てた割に」
「そ、スイカ!仙石さんから頂いたの!」
明穂の胸はチクリと針で刺された。
「明穂、心配だから電話には出てよね!」
「ごめん」
「で、携帯電話は!」
「修理中なの」
「なに、壊したの!」
「液晶画面割っちゃって」
「おっちょこちょいね!」
母親は部屋を見回し「相変わらずなにもない部屋ねぇ」とソファから転げ落ちたクッションを座面に戻した。
「だって危ないでしょ、お掃除も大変だし埃が溜まるから」
「そうね、それが賢明だわ」
「そうだ!」
「なに、如何したの」
離婚をするならば先立つものが必要だ。結婚前から僅かだが毎月貯金をしていた。それが幾らになっているか母親に確認して貰おうと思い付いた。明穂はチェストから取り出した預金通帳を開いて渡した。
「お母さん、貯金幾らある?」
「貯金?あら?」
母親が訝しげな顔をした。 母親のその面立ちに明穂は異変を感じた。
「お母さん、なに、如何したの?」
「明穂、あなた毎月幾ら貯金してたの?」
「60,000円、50,000円の月もあるかな」
「それは吉高さんにお願いしたの?」
「うん、入金は吉高さんにお願いしてあるの」
「明穂、よく聞いて」
それは俄かに信じられるものでは無かったが預金通帳が全てを物語っていた。毎月の入金が確認出来なかった。
「ーーーー嘘」
しかも300万円あった貯蓄もここ1年前から目減りし現在では150万円しか残っていなかった。1年前、もしかしたら紗央里との交際が始まったのもその時期なのかもしれなかった。
「なに、明穂、知らなかったの?」
「え、あ、あっ!色々買っちゃったかな!」
「あぁ、もう駄目じゃない。なにやってるの」
「ごめんなさい」
素知らぬ振りは出来ていただろうか、不自然では無かっただろうかと脇に汗が滲んだ。そして母親が預金通帳を片付けようと引き出しを開けた。