あなたが囁く不倫には、私は慟哭で復讐を。
断罪 紗央里
島崎はノートパソコン一台を抱えてタクシーを降りた。
「はぁ、東京じゃ考えられない広さだな」
赤松が枝を伸ばす門構えは檜に北陸独特の黒瓦。インターフォンを押すと年老いた女性が対応した。扉の前で待つ事5分、「カップラーメンがのびてしまうじゃ無いか!」と苛ついているとようやく鈍い音を立てて門が開いた。
(これは!)
年老いた女性は手伝いの者だと言ったがその年齢では玄関先から門まで5分掛かってもおかしくはない距離だった。
(広すぎるだろう)
粒の揃った砂利を踏み締め左右を見渡すと見事な石楠花や紅葉に楓、その奥には瓢箪池に橋が架かり石灯籠は美しく苔むしていた。
(見事な日本庭園、手入れも行き届いている)
建て付けの良い檜の格子戸を開けると目に飛び込んで来たのは樹齢100年はあろうかという年輪の置物だった。
(なんて事だ)
胡蝶蘭が並ぶ縁側の廊下を進むと座敷と思われる客間に通された。床の間には水墨画の掛け軸、品の良い香炉、300万円は下らない金箔の仏壇には赤い蝋燭が点もっていた。
「旦那さま、お客さまがお待ちです」
「分かった」
深く落ち着いた声の男性が鶴の絵が描かれた襖を開けて入って来た。渋い焦茶の着物に藍色の羽織り、白い足袋を履いていた。その背後には俯き加減の紗央里の姿があった。
「あなたが弁護士の」
「はい、島崎と申します」
島崎の名刺を受け取った紗央里の父親はその顔と名刺を交互に見た。
「で、東京の弁護士さんがうちの娘になんのご用かね」
「金沢に住む同僚に依頼されてこちらに伺いました」
「その弁護士さんのお名前は」
島崎は大智の名刺を座敷机に置いた。
「ふむ、仙石大智、これはなんと読むのかね」
「だいちです」
「仙石、何処かで聞いた事があるな」
紗央里の顔色が一瞬で変わった。
「大学外科医の仙石吉高氏ではありませんか」
「あぁ、そうだ仙石くん」
「はい」
「仙石くんのご兄弟か」
「はい、《《佐藤教授》》」
「それで島崎さんのご用件は一体どのような」
島崎はパソコンを起動させると紗央里の父親に液晶モニターを向けた。そこには点滴パックの段ボール箱が映し出された。
「ご覧ください」
「これが、これがどうしましたか」
父親は画面に顔を近付けると訝しげな顔をした。
「佐藤教授、これは大学病院で使用されている点滴パックの段ボール箱でお間違いないでしょうか?」
父親は一瞬考えたが首を縦に振った。
「間違いない。ただこの点滴は隣の国立病院でも使っている。」
「そうですか」
「そうだ」
次に島崎は腹を引き裂かれた猫のぬいぐるみを指差した。その不気味さに父親は顔を顰め腕組みをした。
「悪趣味な悪戯だな」
大写しにしたぬいぐるみの中に黒い物が見えた。「これはなんだね」と指を差すと島崎は胸のポケットから小分けのジップロックに入れた黒いカードを目の前に差し出した。それには金のボールペンで《《死ね》》と書かれていた。
「なんだこれは」
父親が手を伸ばすと島崎はそれを素早くポケットに仕舞い「これは重要な証拠となりますのでお渡しする事は出来ません」と一蹴した。
「なんの証拠だ」
「《《脅迫罪》》です」
「脅迫罪、脅迫罪だと?」
「はい、この段ボール箱を受け取った被害者の方は精神的苦痛を強いられました」
「そ、それがうちの娘となんの関係があるんだ」
島崎は仙石吉高宅の玄関先に設置した防犯カメラの動画を見せ、犯行に使用されたレンタカーのナンバーを示した。防犯カメラには宅配便ドライバーが先程の段ボール箱をその家の住民に手渡し玄関先に停車してあった軽自動車に乗り込む場面が鮮明に映っていた。
「宅配便業者じゃないか」
「宅配便業者がレンタカーを使用するとは考えられません」
「確かに、そうだが!」
座敷机には紗央里の免許証の写しとレンタル受付書類のコピーが置かれ、紗央里はそれを中腰で覗き見ると両手で口を覆った。
「これは金沢駅東口のレンタカー会社を紗央里さんが利用した履歴になります。使用した車種、色、ナンバープレート、レンタルされた日付は先程の段ボール箱を配達した時間帯と合致しました」
父親の形相が変わった。
「どう言う事だ!」
「我々は紗央里さんが宅配業者を装いレンタカーを利用し被害者宅にこの段ボール箱を持ち込んだのではないかと考えています」
「まさか!」
「証拠は揃っています」
「紗央里が人様にその様な悪戯をする理由がない!」
「悪戯ではありません。脅迫です」
父親が背後を振り向くと紗央里は微動だにせず畳の縁を凝視していた。
「なんの理由があってーーー!」
「佐藤教授、落ち着いて下さい、もう2、3お伝えしなければならない事があります」
「はぁ、東京じゃ考えられない広さだな」
赤松が枝を伸ばす門構えは檜に北陸独特の黒瓦。インターフォンを押すと年老いた女性が対応した。扉の前で待つ事5分、「カップラーメンがのびてしまうじゃ無いか!」と苛ついているとようやく鈍い音を立てて門が開いた。
(これは!)
年老いた女性は手伝いの者だと言ったがその年齢では玄関先から門まで5分掛かってもおかしくはない距離だった。
(広すぎるだろう)
粒の揃った砂利を踏み締め左右を見渡すと見事な石楠花や紅葉に楓、その奥には瓢箪池に橋が架かり石灯籠は美しく苔むしていた。
(見事な日本庭園、手入れも行き届いている)
建て付けの良い檜の格子戸を開けると目に飛び込んで来たのは樹齢100年はあろうかという年輪の置物だった。
(なんて事だ)
胡蝶蘭が並ぶ縁側の廊下を進むと座敷と思われる客間に通された。床の間には水墨画の掛け軸、品の良い香炉、300万円は下らない金箔の仏壇には赤い蝋燭が点もっていた。
「旦那さま、お客さまがお待ちです」
「分かった」
深く落ち着いた声の男性が鶴の絵が描かれた襖を開けて入って来た。渋い焦茶の着物に藍色の羽織り、白い足袋を履いていた。その背後には俯き加減の紗央里の姿があった。
「あなたが弁護士の」
「はい、島崎と申します」
島崎の名刺を受け取った紗央里の父親はその顔と名刺を交互に見た。
「で、東京の弁護士さんがうちの娘になんのご用かね」
「金沢に住む同僚に依頼されてこちらに伺いました」
「その弁護士さんのお名前は」
島崎は大智の名刺を座敷机に置いた。
「ふむ、仙石大智、これはなんと読むのかね」
「だいちです」
「仙石、何処かで聞いた事があるな」
紗央里の顔色が一瞬で変わった。
「大学外科医の仙石吉高氏ではありませんか」
「あぁ、そうだ仙石くん」
「はい」
「仙石くんのご兄弟か」
「はい、《《佐藤教授》》」
「それで島崎さんのご用件は一体どのような」
島崎はパソコンを起動させると紗央里の父親に液晶モニターを向けた。そこには点滴パックの段ボール箱が映し出された。
「ご覧ください」
「これが、これがどうしましたか」
父親は画面に顔を近付けると訝しげな顔をした。
「佐藤教授、これは大学病院で使用されている点滴パックの段ボール箱でお間違いないでしょうか?」
父親は一瞬考えたが首を縦に振った。
「間違いない。ただこの点滴は隣の国立病院でも使っている。」
「そうですか」
「そうだ」
次に島崎は腹を引き裂かれた猫のぬいぐるみを指差した。その不気味さに父親は顔を顰め腕組みをした。
「悪趣味な悪戯だな」
大写しにしたぬいぐるみの中に黒い物が見えた。「これはなんだね」と指を差すと島崎は胸のポケットから小分けのジップロックに入れた黒いカードを目の前に差し出した。それには金のボールペンで《《死ね》》と書かれていた。
「なんだこれは」
父親が手を伸ばすと島崎はそれを素早くポケットに仕舞い「これは重要な証拠となりますのでお渡しする事は出来ません」と一蹴した。
「なんの証拠だ」
「《《脅迫罪》》です」
「脅迫罪、脅迫罪だと?」
「はい、この段ボール箱を受け取った被害者の方は精神的苦痛を強いられました」
「そ、それがうちの娘となんの関係があるんだ」
島崎は仙石吉高宅の玄関先に設置した防犯カメラの動画を見せ、犯行に使用されたレンタカーのナンバーを示した。防犯カメラには宅配便ドライバーが先程の段ボール箱をその家の住民に手渡し玄関先に停車してあった軽自動車に乗り込む場面が鮮明に映っていた。
「宅配便業者じゃないか」
「宅配便業者がレンタカーを使用するとは考えられません」
「確かに、そうだが!」
座敷机には紗央里の免許証の写しとレンタル受付書類のコピーが置かれ、紗央里はそれを中腰で覗き見ると両手で口を覆った。
「これは金沢駅東口のレンタカー会社を紗央里さんが利用した履歴になります。使用した車種、色、ナンバープレート、レンタルされた日付は先程の段ボール箱を配達した時間帯と合致しました」
父親の形相が変わった。
「どう言う事だ!」
「我々は紗央里さんが宅配業者を装いレンタカーを利用し被害者宅にこの段ボール箱を持ち込んだのではないかと考えています」
「まさか!」
「証拠は揃っています」
「紗央里が人様にその様な悪戯をする理由がない!」
「悪戯ではありません。脅迫です」
父親が背後を振り向くと紗央里は微動だにせず畳の縁を凝視していた。
「なんの理由があってーーー!」
「佐藤教授、落ち着いて下さい、もう2、3お伝えしなければならない事があります」