あなたが囁く不倫には、私は慟哭で復讐を。

断罪 仙石吉高医師

　俺、瀬尾(せお)は大智と共に大学病院から程近い、収容人数1,700人の本多の森ホールへと向かった。今日このホールでは大学病院関係者や外科、脊髄外科、整形外科の医師や看護師が集う医学発表会が行われる。

「すんません。資料に一部変更があった、あったので、あーーー」
「あら、仙石先生、お早いですね」

　大智は双子の兄、仙石吉高医師の扮装をして医学発表会会場に紛れ込んだ。

（ーーー大智！言葉使い！）
（あ、悪ぃ）

　なんとも口の悪い仙石医師を気にしつつ配布資料に爆弾を数ページづつ落とし込む。手間暇の掛かる作業だがなにも知らない看護師に愛想笑いを振り撒きながら資料の差し替え作業に取り組んだ。

「あまりお見掛けしないお顔だけど」
「インターンシップで仙石先生にお世話になっています」
「あら、そうですか。大きな病院だから存じ上げなくて。ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ突然すみません」
「良いのよ、さ、急ぎましょう」
「はい」

　医学発表会の参加者に配布される新しい資料には吉高と紗央里の不貞行為の一部始終が印刷されていた。

「良いのか、おまえの兄さん復帰出来なくなるかもしれないぞ」
「懲戒解雇でもなんでも喰らえば良いんだよ」
「その後どうするんだ」
「どっかの島の診療所で頑張れば良いんじゃね？」
「島か、若い女性看護師が居たらアウトだな」
「最悪だな」

　発表会会場は薄暗く、大智は何処からどう見ても《《仙石吉高》》医師そのもので乳腺外科医として研究の成果を発表する。

「乳腺外科　仙石吉高医師」

　大智の順番が回って来た。何食わぬ顔で壇上に上がり会釈をすると《《いつもの癖で》》ネクタイを締め直した。そしてノートパソコンを開き （乳腺温存療法） のプレゼンテーションを始めた。

「乳腺外科　仙石吉高　です」

　如何にも吉高らしい生真面目な面差しで、パワーポインターで作成したスライドを壇上の大画面スクリーンに映し出した。最初の数ページ分のスライドデータは吉高の家にあったパソコンから拝借した。

「あーーえーーですからして」
（言葉遣い！）
「それでーあー」
（あーじゃないだろう！）

　大智は慣れない丁寧な言葉遣いに舌を噛みながらもスライドを進めた。作成したスライドの内容はそのまま印刷出来る為プレゼンテーションで配布する資料にも使える。先程すり替えた爆弾は《《それ》》だ。

（ーーーさて、そろそろかな）

　薄暗い会場が騒めき始めた。大智はその事に気付かない振りをして粛々(しゅくしゅく)とスライドを読み上げるが壇上のスクリーンに映し出されているのは吉高と紗央里のキスシーンだ。

「こ、これはなんだ」
「佐藤教授のお嬢さんじゃないか」
「ああ、外科の看護師だ」

　俺はスーツを羽織り襟元に弁護士バッジを付けた。すり鉢状の最前列の席で一人の男性が憤慨し立ち上がった。遣り取りは聞こえないが大智を指差して資料を叩いている。

（あの男性がお偉いさんだな）

　階段を降りて行くとそれと入れ違いに大智が駆け上がって来た。ハイタッチで作戦の成功を確認し合う。マイクのハウリング音が会場に響き渡っていた。

「待ちなさい！仙石くん！逃げて如何するんだ！」

　勢いよく閉まる扉。残されたのは呆気に取られた同僚や上司、怒りにわなわなと拳を震わせる医局長だった。そこで俺は名刺を手に深々と挨拶をした。

「君は誰だね」
「こういう者です」
「佐倉法律事務所」
「はい、瀬尾と申します」

　自分は仙石医師の不倫を疑った配偶者に雇われた弁護士である事を告げた。

「私は仙石吉高氏の奥さまに雇われた弁護士です」
「仙石くんの」
「はい」

　俺は壇上のスクリーンを指差し、病院内での不貞行為は＜会社施設管理権の侵害＞＜職務専念義務違反＞に抵触している事を示唆した。

「そ、そうなのか」
「仙石吉高氏を懲戒委員会に掛けて頂きたくお願いに上がりました」
「懲戒委員会？」
「私の依頼人は仙石吉高氏の懲戒解雇処分を望んでおられます」
「懲戒、解雇」
「はい、今回の病院施設内での不適切な行為は懲戒解雇処分に該当する事案と思われます」
「そ、そうか」
「はい」
「け、検討する」
「ご検討、宜しくお願い致します」
「分かった」
「では失礼致します」

　俺は手配してあったタクシーに乗り込むと大智の後を追った。