あなたが囁く不倫には、私は慟哭で復讐を。
断罪 吉高
吉高が出勤しようとネクタイを絞めているとインターフォンが鳴った。モニターを覗き込むと見知らぬ顔がこちらを凝視していた。その目力に一瞬怯んだが意を決して通話ボタンを押した。
「ど、どちらさまでしょうか?」
「私、東京の佐倉法律事務所から参りました辰巳、と申します」
「とう、東京」
「仙石さまの弟、大智さんの同僚です」
身内の知り合いだと胸を撫で下ろし玄関の扉を開け後悔した。上背があり威圧感が半端なかった。
「今日はどの様なご用件でしょうか、私、これから出勤しなければならないのですが」
「この件につきましてお心当たりはございますか」
目の前に押し付けられたのは寝室での淫らな姿の画像だった。
「こ、これは如何して」
「奥さまのご依頼でお伺い致しました。ご一緒願えますか」
「ど、何処へ」
「ご実家です、《《みなさまがお待ちです》》」
「私、学会が」
「代わりに仙石、あぁ面倒ですね。大智が出席していますからご安心下さい」
「ふ、ふざけるな!」
威勢よく怒鳴ったつもりが語尾が上擦った。喉が渇き頭を捻られている様な感覚に陥った。紗央里との事は上手く誤魔化していた、いや、弱視の明穂が気付く筈など無かった。しかもこんな細工が出来る筈はない。
(ーーーー大智か!)
この辰巳という大男を連れて来たのも、明穂を唆したのも大智、怒りが込み上げたがそれは一瞬で冷や汗に変わった。
「が、学会には学会には大智が行っていると仰いましたか?」
「はい、上手くプレゼンテーションが出来ると良いのですが」
「上手く」
「はい、上手く」
家の前にはタクシーが横付けされ後部座席のドアが軽い音で開いた。
「どうぞお乗り下さい。《《鍵は忘れずに》》掛けた方が宜しいかと思います」
吉高の顔色が変わり鍵を持つ手が震えた。
(まさか、カルテ保管庫!)
先日、存分に楽しんだ後、カルテ保管庫の扉を施錠し忘れていた事に気付き紗央里と「鍵を掛けた」「掛けない」で一悶着があった。
(まさか、そんな)
吉高は辰巳に促されるままタクシーの後部座席に乗り込んだ。
タクシーの後部座席に腰掛けた吉高の膝は落ち着かなく震えその動きを止めようと両手で必死に押さえたが今度は踵が忙しなく上下し始めた。
「お客さん、顔色が悪いですが大丈夫ですか」
「は、はい」
「車、停めましょうか」
「大丈夫です」
「はぁ」
酷く具合が悪そうな吉高の様子にルームミラー越しのタクシー乗務員が声を掛けた。乗客の具合が悪くなり車内で嘔吐されようものならそこで運行停止、その日の営業が滞るので堪ったまったものではない。
「大丈夫、です」
「はぁ」
「運転手さん、その和菓子屋の角を左に曲がって下さい」
「はい」
辰巳は間違う事なく仙石家への道順を的確に指示した。見慣れた景色がフロントガラスに広がり吉高は気分が悪くなった。
「う、運転手さん停めて下さい!」
「は、はい!」
不快感に耐えかねた吉高は叫んだ。タクシーは急停車し身体が前後した。
「うげっつ」
後部座席から飛び出した吉高は側溝に前屈みになり嘔吐した。込み上がる胃液に喉が焼き付き胃が咽頭から飛び出しそうだった。
「うげっつ、うげっつ!」
その姿を冷ややかな目で見下ろした辰巳は運転手に2,000円手渡すと「釣りは要らない、領収証だけ下さい」とタクシーから降りた。
(大概、不倫する男なんてこの程度のものだ)
陽炎が揺れる日差しに油蝉が賑やかしい。辰巳は和菓子屋まで戻ると自動販売機で水を買いアスファルトの道路にしゃがみ込んだ吉高に手渡した。
「気分が良くなったら行きましょう、ご実家はもうすぐですよ」
真っ青な横顔は項垂れた。
「ど、どちらさまでしょうか?」
「私、東京の佐倉法律事務所から参りました辰巳、と申します」
「とう、東京」
「仙石さまの弟、大智さんの同僚です」
身内の知り合いだと胸を撫で下ろし玄関の扉を開け後悔した。上背があり威圧感が半端なかった。
「今日はどの様なご用件でしょうか、私、これから出勤しなければならないのですが」
「この件につきましてお心当たりはございますか」
目の前に押し付けられたのは寝室での淫らな姿の画像だった。
「こ、これは如何して」
「奥さまのご依頼でお伺い致しました。ご一緒願えますか」
「ど、何処へ」
「ご実家です、《《みなさまがお待ちです》》」
「私、学会が」
「代わりに仙石、あぁ面倒ですね。大智が出席していますからご安心下さい」
「ふ、ふざけるな!」
威勢よく怒鳴ったつもりが語尾が上擦った。喉が渇き頭を捻られている様な感覚に陥った。紗央里との事は上手く誤魔化していた、いや、弱視の明穂が気付く筈など無かった。しかもこんな細工が出来る筈はない。
(ーーーー大智か!)
この辰巳という大男を連れて来たのも、明穂を唆したのも大智、怒りが込み上げたがそれは一瞬で冷や汗に変わった。
「が、学会には学会には大智が行っていると仰いましたか?」
「はい、上手くプレゼンテーションが出来ると良いのですが」
「上手く」
「はい、上手く」
家の前にはタクシーが横付けされ後部座席のドアが軽い音で開いた。
「どうぞお乗り下さい。《《鍵は忘れずに》》掛けた方が宜しいかと思います」
吉高の顔色が変わり鍵を持つ手が震えた。
(まさか、カルテ保管庫!)
先日、存分に楽しんだ後、カルテ保管庫の扉を施錠し忘れていた事に気付き紗央里と「鍵を掛けた」「掛けない」で一悶着があった。
(まさか、そんな)
吉高は辰巳に促されるままタクシーの後部座席に乗り込んだ。
タクシーの後部座席に腰掛けた吉高の膝は落ち着かなく震えその動きを止めようと両手で必死に押さえたが今度は踵が忙しなく上下し始めた。
「お客さん、顔色が悪いですが大丈夫ですか」
「は、はい」
「車、停めましょうか」
「大丈夫です」
「はぁ」
酷く具合が悪そうな吉高の様子にルームミラー越しのタクシー乗務員が声を掛けた。乗客の具合が悪くなり車内で嘔吐されようものならそこで運行停止、その日の営業が滞るので堪ったまったものではない。
「大丈夫、です」
「はぁ」
「運転手さん、その和菓子屋の角を左に曲がって下さい」
「はい」
辰巳は間違う事なく仙石家への道順を的確に指示した。見慣れた景色がフロントガラスに広がり吉高は気分が悪くなった。
「う、運転手さん停めて下さい!」
「は、はい!」
不快感に耐えかねた吉高は叫んだ。タクシーは急停車し身体が前後した。
「うげっつ」
後部座席から飛び出した吉高は側溝に前屈みになり嘔吐した。込み上がる胃液に喉が焼き付き胃が咽頭から飛び出しそうだった。
「うげっつ、うげっつ!」
その姿を冷ややかな目で見下ろした辰巳は運転手に2,000円手渡すと「釣りは要らない、領収証だけ下さい」とタクシーから降りた。
(大概、不倫する男なんてこの程度のものだ)
陽炎が揺れる日差しに油蝉が賑やかしい。辰巳は和菓子屋まで戻ると自動販売機で水を買いアスファルトの道路にしゃがみ込んだ吉高に手渡した。
「気分が良くなったら行きましょう、ご実家はもうすぐですよ」
真っ青な横顔は項垂れた。