あなたが囁く不倫には、私は慟哭で復讐を。
「明穂さんになにか言う事は無いのか」

 ここまで明け透けになったにも関わらず吉高は膝に視線を落としたまま微動だにしなかった。呆れ顔でため息を吐いた父親は前に進み出ろと手招きをした。そこに並んでいた写真は結合部分まで鮮明に写ったものや自宅寝室での情事、大学病院カルテ保管庫での淫らな行為のスクリーンショット画面だった。

(こんな物、いつの間に)

 写真を2枚、3枚と手に取り青褪(あおざ)めていると義父である明穂の父親がその顔を憐れむような目で覗き込んだ。

「吉高くん、明穂が、明穂がなにかしたのかな」
「ーーーーー」
「明穂に不手際があったのかな」

 吉高の指先は震え、不倫が発覚した事が信じられないといった表情で写真を凝視していた。明穂の母親はハンカチで涙を拭い明穂の目は(うつろ)だった。

「明穂がなにかしたのかな」
「いえ、なにも」

 すると吉高の母親が中腰で立ち上がると握り拳を作り、涙を流しながらその背中を激しく叩き始めた。

「この、この恩知らず!」
「か、母さん」
「明穂ちゃんに謝りなさい!田辺さんに謝り、謝りなさい!」
「母さん、痛っ!」
「あんたなんか死ねば良い!」
「痛い!痛いよ、痛いっ!」
「あんたなんか息子でもなんでもないわ!」

「痛えっ!痛ぇんだよ、ババア!」

 吉高の本性が露呈した瞬間、激昂した父親は立ち上がると足を振り上げ吉高の肩を蹴り飛ばした。その身体は背後に吹き飛び、ハラハラと舞い落ちる写真の中で明穂の目の前に転がった。

「吉高さん、私の事、愛していた?」
「明穂」
「愛していた?」

 輪郭しか見えない吉高に語り掛けると明穂の視界が熱く(もや)が掛かった。こんな時さえなにも見えない、明穂はこの目を呪った。
 「あ、明穂」
「私、駄目な奥さんだった?」

 吉高が何処か悲しげな表情で半身を起こしたその時、玄関の引き戸が勢い良く開いた。革靴を脱ぐ事すらもどかしそうに廊下に上がると座敷へと踏み込んだ大智は吉高の襟元を捻り上げた。

「だ、大智!大智、なにしてるの!」
「吉高、てめぇなにしてんだよ!」
「だ、だい」
「明穂を幸せにするんじゃ無かったのかよ!」

 大智は吉高の腹に馬乗りになると右の拳を振りかぶった。

「大智、駄目!」

 そこで大智の手首を瀬尾が掴んだ。

「おおーっと、落ち着け。どうどう」
「瀬尾!離せよ!」
「その弁護士バッジが泣くからねぇ、まぁ落ち着けって」
「くそっ!」

 瀬尾の手を振り解き髪の毛を掻きむしったその姿は吉高に瓜二つで母親はあんぐりと口を開けた。

「あなた、どうしたの」
「イメチェン、ちょっと外科医になって来た」
「外科、医?」
「そ」

 吉高の両目は見開き顔色を変えて大智に掴み掛かった。

「大智!おまえなにをした!」
「なにも、プレゼンテーションとやらの体験実習だよ」
「なんのプレ!」

 畳に胡座(あぐら)をかいた瀬尾はプレゼンテーションの《《資料》》を吉高に手渡した。吉高は瀬尾を睨み付けると「名誉毀損で訴えてやる!」と声を大にした。すると瀬尾は鼻先で笑うと「不倫、不貞行為も立派な犯罪ですけど、なにか?」と言い放った。

「仙石先生、職場での不倫行為って懲戒処分の対象になるって知ってた?」
「懲戒処分」
「会社施設管理権の侵害、職務専念義務違反」
「義務違反」
「そう、だから医局長さんに懲戒委員会を開いて貰いたいなぁって依頼しました」
「なにを勝手に!」
「離れ小島は石川県には無いかぁ、奥能登辺りかな。自然豊かで良いんじゃない?」

 髪を掻き上げた大智は吉高を睨みつけた。

「俺が明穂を幸せにするからさっさと離婚しろ」
「り、離婚?」
「おまえ、まさか離婚しないとか言い出したら今度こそ殴る」

 島崎が電卓を取り出し「佐藤紗央里の慰謝料300万円、吉高氏は支払い能力もありそうなので400万円一括でどうですかね」と言った。

「明穂への精神的苦痛を与えた慰謝料400万円、資産は折半な」
「400万円」
「家庭裁判所の世話にはなりたくねぇだろ」
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