魔法石の密造人2/極限狂乱・犬エルフ・魔女誕生・新しい幸せ
招魂ハネムーン(第一部エピローグ?)
1
「二人で行きたい場所があるんだ」
私がハンスに切り出したのは、潜伏中のハンスの屋敷の屋根裏部屋でのことだった。
「行きたい場所? ハネムーンとか」
「それに近いけど、知ればハンスもきっと行きたがると思うよ」
お金持ちは新婚旅行と称してバカンスすることもある。普通の家庭であっても、二三日くらいは二人きりになるために近くの安旅館に泊まったり、どこかの教会や神殿に一緒に参って一泊するようなことは多い。
まだ、結ばれていない。あまりにもお互いに重すぎて、他の経緯を引きずりすぎていた。
けれども悪戯好きなミケナ・フロラの荒療治(?)のおかげで、少しはハンスも気持ちがほぐれたかも知れなかった。私もレト君に付き合わせて、あの悲惨な経験を薄められた気はする。自分自身が辛すぎたのもあったし、それをハンス一人に背負わせる気にはなれなかった。適度に軽薄にならないと救われない場合だってあるのだからしかたがないし、わけのわからない相手よりは、まだミケナ・フロラやレト君の方が良かった。
(レト君に悪いことしちゃったかな?)
でも、男の子の場合は女性ほどには貞操の体裁にこだわらないものなのだし、満足と手柄話でいい思い出にしてくれたら良いと思う。本当は、自分があの少年の特別な相手で覚えていて貰うことで、見舞われた悲惨な出来事の埋め合わせしたいのだけれど。
ひょっとしたら、私もハンスも、また同じことが必要になるかも。手頃な決まった相手がいれば好都合でもあったし、私は未婚の母でもいっそ構わない。不幸にもやもめになったハンスの必要を満たしてあげて、できれば子供の一人も産んであげたいだけだ。ハンスの家族にとっても、そういうあり方は許容範囲だろうから。
「それで、どんなところへ?」
「マリーさんに会える場所」
2
あの不幸にも椿事で先立った新妻・先妻のマリーさんのお墓には、あの可愛らしい赤ちゃんも一緒に葬られている。
これまでにも私一人で献花したことはあったけれども、ハンスと一緒に訪れるのは初めてだ。妻を失って間もない男が(長い知り合いとはいえ)他の若い女と連れだって歩いているのは不謹慎でもあるように感じたし、私自身もマリーさんに気が引けたからだ。
「これ、特別な魔法石なんだって」
私がハンスに示したのは、ミケナ・フロラがお土産にくれた魔法石。自分で魔法石を作って売ったり供与しているけれども、自分では作れない、使えない類の魔法が込められている。
「特別な? お供え物にしてくれるのか?」
「招魂の魔法。死んだ人の魂を、一度だけ短い時間だけ呼び戻せるの」
それを聞いたハンスは驚きの表情を浮かべ、次いで期待に目を輝かせて、緊張の面持ちになる。それで私は嬉しかったけれど、でも少しだけ悔しい。ハンスはまだマリーさんのことを愛しているのだと思う。でも、そんな彼だから、私は余計に大好きなのだ。
3
墓石の前で、二人で魔法石と祈りを捧げる。
すると清浄な光が靄や霧のように立ち上りだす。この綺麗な光の色が、マリーさんの魂の色なのだ。ハンスがマリーさんを愛した理由も、私が彼女を妬みながらも嫌いになれなかった理由も、今さらながらにわかる気がした。
やがて光は形をとって、半透明に妖精のように揺らめくマリーさんが現れた。胸には育つことのなかった我が子を抱いている。
「マリー! 棒や!」
ハンスが感極まったように立ち上がったが、伸ばしたその手は、影や光を掴もうとするかのようにすり抜けていく。だがマリーさんの微笑みと撫でるように伸ばされた手が、触れられずとも温かさと癒しを与えたようだった。
「大変だったわね、あなた」
マリーさんは私を見て言った。
「あなたも」
それからちょっと口惜しげに付け加えた。
「最初から教えてくれたら良かったのに。私だってあなたたちと一緒に、手伝えたでしょうに」
「そうしたら良かったんですけど。まさかあんなことになるとは」
私が口ごもってしまうのは、もしも最初から彼女に秘密を打ち明けて、魔法石の使い方を教えて十分に数を持たせていれば、マリーさんはあんな事件で落命せずに済んだからだ。
気持ちを見透かすように歩み寄ってきたマリーさんは、私のおでこを優しく弾いた。それからこんなふうに告げた。
「でも、あなたが居てくれて良かったわ。一つお願いもあることだし」
「お願い?」
「この子の魂を、受けとって欲しいの。私はこの子を育ててあげられなかったけれど、あなたがママになってあげて。この子、あなたにはとっても懐いていたんだから!」
手渡された瞬間、知っている懐かしい温かさと重みがあった。光の塊だったけれど、あの子なのだとはっきりわかる。
「良いんですか?」
この子は、私の子供に生まれ変わるのだ。
こんな素敵なプレゼントは他にないだろう。
神々しいマリーさんは安堵する微笑みと光の中に、薄れて消えていった。受けとった光は私のお腹の中で、温かく脈打って静まっていった。
二人で手を取り合って家路につく。
今日あったことを、二人でハンスの家の大旦那様や婆さま・義母さまにも早く話したい。
「二人で行きたい場所があるんだ」
私がハンスに切り出したのは、潜伏中のハンスの屋敷の屋根裏部屋でのことだった。
「行きたい場所? ハネムーンとか」
「それに近いけど、知ればハンスもきっと行きたがると思うよ」
お金持ちは新婚旅行と称してバカンスすることもある。普通の家庭であっても、二三日くらいは二人きりになるために近くの安旅館に泊まったり、どこかの教会や神殿に一緒に参って一泊するようなことは多い。
まだ、結ばれていない。あまりにもお互いに重すぎて、他の経緯を引きずりすぎていた。
けれども悪戯好きなミケナ・フロラの荒療治(?)のおかげで、少しはハンスも気持ちがほぐれたかも知れなかった。私もレト君に付き合わせて、あの悲惨な経験を薄められた気はする。自分自身が辛すぎたのもあったし、それをハンス一人に背負わせる気にはなれなかった。適度に軽薄にならないと救われない場合だってあるのだからしかたがないし、わけのわからない相手よりは、まだミケナ・フロラやレト君の方が良かった。
(レト君に悪いことしちゃったかな?)
でも、男の子の場合は女性ほどには貞操の体裁にこだわらないものなのだし、満足と手柄話でいい思い出にしてくれたら良いと思う。本当は、自分があの少年の特別な相手で覚えていて貰うことで、見舞われた悲惨な出来事の埋め合わせしたいのだけれど。
ひょっとしたら、私もハンスも、また同じことが必要になるかも。手頃な決まった相手がいれば好都合でもあったし、私は未婚の母でもいっそ構わない。不幸にもやもめになったハンスの必要を満たしてあげて、できれば子供の一人も産んであげたいだけだ。ハンスの家族にとっても、そういうあり方は許容範囲だろうから。
「それで、どんなところへ?」
「マリーさんに会える場所」
2
あの不幸にも椿事で先立った新妻・先妻のマリーさんのお墓には、あの可愛らしい赤ちゃんも一緒に葬られている。
これまでにも私一人で献花したことはあったけれども、ハンスと一緒に訪れるのは初めてだ。妻を失って間もない男が(長い知り合いとはいえ)他の若い女と連れだって歩いているのは不謹慎でもあるように感じたし、私自身もマリーさんに気が引けたからだ。
「これ、特別な魔法石なんだって」
私がハンスに示したのは、ミケナ・フロラがお土産にくれた魔法石。自分で魔法石を作って売ったり供与しているけれども、自分では作れない、使えない類の魔法が込められている。
「特別な? お供え物にしてくれるのか?」
「招魂の魔法。死んだ人の魂を、一度だけ短い時間だけ呼び戻せるの」
それを聞いたハンスは驚きの表情を浮かべ、次いで期待に目を輝かせて、緊張の面持ちになる。それで私は嬉しかったけれど、でも少しだけ悔しい。ハンスはまだマリーさんのことを愛しているのだと思う。でも、そんな彼だから、私は余計に大好きなのだ。
3
墓石の前で、二人で魔法石と祈りを捧げる。
すると清浄な光が靄や霧のように立ち上りだす。この綺麗な光の色が、マリーさんの魂の色なのだ。ハンスがマリーさんを愛した理由も、私が彼女を妬みながらも嫌いになれなかった理由も、今さらながらにわかる気がした。
やがて光は形をとって、半透明に妖精のように揺らめくマリーさんが現れた。胸には育つことのなかった我が子を抱いている。
「マリー! 棒や!」
ハンスが感極まったように立ち上がったが、伸ばしたその手は、影や光を掴もうとするかのようにすり抜けていく。だがマリーさんの微笑みと撫でるように伸ばされた手が、触れられずとも温かさと癒しを与えたようだった。
「大変だったわね、あなた」
マリーさんは私を見て言った。
「あなたも」
それからちょっと口惜しげに付け加えた。
「最初から教えてくれたら良かったのに。私だってあなたたちと一緒に、手伝えたでしょうに」
「そうしたら良かったんですけど。まさかあんなことになるとは」
私が口ごもってしまうのは、もしも最初から彼女に秘密を打ち明けて、魔法石の使い方を教えて十分に数を持たせていれば、マリーさんはあんな事件で落命せずに済んだからだ。
気持ちを見透かすように歩み寄ってきたマリーさんは、私のおでこを優しく弾いた。それからこんなふうに告げた。
「でも、あなたが居てくれて良かったわ。一つお願いもあることだし」
「お願い?」
「この子の魂を、受けとって欲しいの。私はこの子を育ててあげられなかったけれど、あなたがママになってあげて。この子、あなたにはとっても懐いていたんだから!」
手渡された瞬間、知っている懐かしい温かさと重みがあった。光の塊だったけれど、あの子なのだとはっきりわかる。
「良いんですか?」
この子は、私の子供に生まれ変わるのだ。
こんな素敵なプレゼントは他にないだろう。
神々しいマリーさんは安堵する微笑みと光の中に、薄れて消えていった。受けとった光は私のお腹の中で、温かく脈打って静まっていった。
二人で手を取り合って家路につく。
今日あったことを、二人でハンスの家の大旦那様や婆さま・義母さまにも早く話したい。