魔法石の密造人2/極限狂乱・犬エルフ・魔女誕生・新しい幸せ
犬エルフの少年とパン屋の娘(事のあらまし、救出と騒乱のあとの回想)/プロローグ?
1
人生で初めて職務質問されたのは、流れの行商人や占い師に身をやつして市場で「手製の魔法石」を売っていたときのことだった。
お巡りさんに見咎められ「ちょっと来い」。
相手がお巡りさんだったので、ホイホイついていった。
たしかに私がやっているのは「魔法石の密造と密売」で法的にグレーゾーンなのだけれど、「魔族犯罪に対抗する」大義名分もあったし、安全面などでも考えてやっている。相手が真面目なだけのお巡りさんなら事情を説明すればわかって貰える期待もあったし、運が良ければ反魔族の信用できるグループとコネクションが持てるかもしれない。
そのお巡りさん(トマス)は良い人だったが、警察内にも魔族ギャングのシンパがいて、勾留場所から私はわけのわからないうちに「移送」と称して拉致誘拐。私の協力者の雑貨商ハンス・ファス(お兄ちゃん)が魔族ギャングの手下に襲われてリンチされていたのを救助したトマス巡査が、話を聞いて二人で私の勾留場所に来たときには行方不明。
一方の攫われた私は裏の人間オークションにかけられ、耳に蟻を入れられて(耳の中で不快な音と感覚が!)、裸で首からプラカードで見物客たちの面前で跳ね踊らされる羽目に。それでも魔法スキル持ちでほとんど生娘だったので商品価値が高かったそうで、扱いとしてはましな方。一緒にいた他の女性は熾烈に鞭打ちや針・焼き串を刺されたり、犬と交尾ショーさせて余興の見世物にされたり(男性はもっと悲惨でピットブルの猛犬どもと戦わせられて八つ裂きされた格闘選手もいた)。活け作りにして魔族の客の晩餐にされた人もいたよ。ついに私の処女も競売されて、バケツの水で窒息させられながら、どこの誰とも知れぬ輩に後ろから(拉致監禁されている間に、経験人数がたぶん三十人か五十人を超えた)。
ようやくハンスとトマス巡査が反魔族レジスタンス(の信頼できる集団)にも連絡をとり、軍(戦士団)や警官隊の強硬派と現場アジトを強襲して、救出・解放されたときには、私はすっかり気が狂っていたってさ(記憶があやふやです)。古い昔の先生だったエルフのミケナ・フロラが助けにきて介抱してくれたのは覚えている。しかもレジスタンスの猛者の「罠師」さんが、居合わせた魔族を八つ裂きバーベキューにして、魔族ギャング協力者たちに無理やり食べさせたとさ(魔族から恨まれるて再犯しにくいように)。
2
あの忌まわしい出来事から一ヶ月。
やっとこさ、私は「パン屋の看板娘」の表稼業に復帰できて(パン屋は米屋などと同じで主食を扱うため、割と町では良い評価されるステータスの職業とされる)、本日も台車にパン籠を重ねて配達中。家内工業などの職場のお得意様たちに昼食を届けるのは大事なお仕事だ。パンだからさほど重くはないが、それでも分量があるので小型の車輪つき台車でないと厳しい。
あのハンスの雑貨店の裏口は、仕立屋の家内工業の仕事場。私にとっては恒例の配達先なのだった。
扉に近づくと、ノックする前に開いた。
あの事件のあとで、見習いの徒弟と用心棒や連絡係を兼ねて、しばし住み込んでいる獣エルフの少年。「レトリバリクス」という名前の通りに耳がドロップイヤーで、狼男に変身しても「垂れたまま」なんだとか。町風のシャツ・ズボンと作業チョッキを着込んだ姿は、品の良い仕立屋や執事さんでも通りそうだ。
「姐さん、お疲れさまです」
ぺこりとゆるく会釈やお辞儀すると、耳が垂れた。どうやら獣エルフの聴覚や嗅覚から私の足音や台車の音やパンの匂いで、ドアをノックせずとも私が来たことを察するものらしい。
この彼も、私たちを救出してくれた一人だ。
「レト君、みんなのごはんだよ」
「あい!」
籠を手渡して、両腕に抱きかかえさせる。こんな可愛らしい少年でも腕力は強く(心優しいながらにも狼男なのだ)、落っことすことはまずない。そうして無防備になった彼の耳を、さりげなく撫で触る。最初のうちは抵抗していたが、近ごろでは諦めたようだ。
実は耳たぶが分かれて二又になっていて、しかも裏側は白い。けっこう卑猥で奇しき形。
「なんでなのか、身内の誰も彼もが耳ばかりを触ってくるんですよ」
やはり、この垂れ耳には謎の魅惑があるのか。
でも、私にはもっと気になる部位がある。いつも考えるのだが、まさか口に出来なくて、喉まで出かかって疑問がわだかまる。
(君のティンコは骨入りなの?)
犬のアレ、凶悪すぎるえげつなさ。
目の当たりにしているだけに、疑問がわく。
きっとレト君は、私の臭いで「不穏な思惑」に気がついているのかもしれない。
あんな経験をしてしまったら、魔法で身体は治っても、心や精神への影響はどうやったって残ってしまう。どうにかして「上書きや埋め合わせ」したくなる。無理やりや嫌な相手でなく、気に入った男の子とだったなら。
ふと目が合った。
「やっぱり欲求不満なんでしょうか? ハンスさんも、事情があったり責任感じてたりするみたいですし、あんまり遠慮しすぎるとかえって良くないかもです」
私は無言で、彼の耳をニッコリつねった。
3
その夜、「夜食」の小さなパン籠を持って、ハンスの店に行く(惣菜パンだ)。普通は夜の女の出歩きは安全面であまり賢くないのだが、店から二軒くらいしか離れていない。
しかも庭先で、レト君が大剣を革製の鞘を付けたままで素振りしている。仲間から指導を受けているようで、動作が理にかなった剣術だ。それは「野生の野獣やありふれた狼男」のような力任せだけでない、洗練された強さ。
「レト君、お夜食」
「あ。ありがとです」
彼の姉が、あの恐ろしい「魔術罠師」のトラ(トラバサミの鉄仮面!)と恋仲や夫婦同然だというから驚きだ。レト君に言わせると「誇り高き牝狼からすっかりデレデレの牝犬になって幸せそうにノロケてくる」そうだ。レトとも極めて仲が良いようで、彼の両手持ちの大剣は、元は兄貴分のトラさんが使っていたものらしい(狂った貴族の辻斬り・無礼討ちで片腕になってしまい、うまく扱えなくなってお蔵入り・死蔵していた逸品)。
意外なことに凶悪無残に見えるトラ氏は過去に学校で地誌学も学んでいて、レト君も色々と教えて貰っていたとか。罠師、見た目の粗野さや敵への異常な凶暴性の反面で、一般人に対してはそっけなくもかえって紳士的だったり、しばしば言動が理性的で高い知性を感じさせる不可思議さがある(「だからこそ余計に怖い」)。
なにせ頭目リーダーの「原始人騎士」クリュエルも元は神学校の出身者で農業の知識や鉱物学にも明るく、サキュバス姫騎士(魔族ハーフ)のサキも医学や薬学に詳しいらしい。「類は友を呼ぶ」理屈でなのか、彼らの「リベリオ屯田兵村」グループは他の多くの山賊やヤクザまがいのレジスタンスとは質が一線を画する(要塞の構成員も真面目な農夫・漁師の次男・三男や鍛冶屋・職人や堅気の避難民・志願者が大部分で、知識階級崩れや腐敗した魔術協会からの離反者や軍・警官の強硬派出身なども多い)。
「そうだ。ハンスさんが、商談のことで話があるそうです。お茶でも飲んでいかれては?」
レト君が小言で告げる。
どうやら、私の作る魔法石(使用期限の短い二級品だけれど)を必要とする案件があるのだろう。魔族犯罪に対抗するためには、人間側の魔術者を呼んでくるか、魔法武器や魔法石があることが大いに助けになるから。
実は今の魔術協会は特殊な選民思想と党派セクトの権益に固執して、親魔族ギャングと近しい。そのために本来は協力関係にあった軍の戦士団と対立的になり、離反した魔術者たちが軍や警察に魔法武器を供給している。それでようやく人間側領域を守っており、(有効期限つきでも)魔法石を作れる私もその「離反した魔術者」という位置づけになるらしい(私は政治事情に疎く、直接の戦闘力は雑魚なので自覚がなかったが)。
だから私が担うのは、とても大事なお役目だ。
でも、ドアをくぐり抜けながら私の頭をとっさによぎったのは「今日はハンスとキスくらいできるだろうか」なんて、浅ましくも切実な願いだった。
人生で初めて職務質問されたのは、流れの行商人や占い師に身をやつして市場で「手製の魔法石」を売っていたときのことだった。
お巡りさんに見咎められ「ちょっと来い」。
相手がお巡りさんだったので、ホイホイついていった。
たしかに私がやっているのは「魔法石の密造と密売」で法的にグレーゾーンなのだけれど、「魔族犯罪に対抗する」大義名分もあったし、安全面などでも考えてやっている。相手が真面目なだけのお巡りさんなら事情を説明すればわかって貰える期待もあったし、運が良ければ反魔族の信用できるグループとコネクションが持てるかもしれない。
そのお巡りさん(トマス)は良い人だったが、警察内にも魔族ギャングのシンパがいて、勾留場所から私はわけのわからないうちに「移送」と称して拉致誘拐。私の協力者の雑貨商ハンス・ファス(お兄ちゃん)が魔族ギャングの手下に襲われてリンチされていたのを救助したトマス巡査が、話を聞いて二人で私の勾留場所に来たときには行方不明。
一方の攫われた私は裏の人間オークションにかけられ、耳に蟻を入れられて(耳の中で不快な音と感覚が!)、裸で首からプラカードで見物客たちの面前で跳ね踊らされる羽目に。それでも魔法スキル持ちでほとんど生娘だったので商品価値が高かったそうで、扱いとしてはましな方。一緒にいた他の女性は熾烈に鞭打ちや針・焼き串を刺されたり、犬と交尾ショーさせて余興の見世物にされたり(男性はもっと悲惨でピットブルの猛犬どもと戦わせられて八つ裂きされた格闘選手もいた)。活け作りにして魔族の客の晩餐にされた人もいたよ。ついに私の処女も競売されて、バケツの水で窒息させられながら、どこの誰とも知れぬ輩に後ろから(拉致監禁されている間に、経験人数がたぶん三十人か五十人を超えた)。
ようやくハンスとトマス巡査が反魔族レジスタンス(の信頼できる集団)にも連絡をとり、軍(戦士団)や警官隊の強硬派と現場アジトを強襲して、救出・解放されたときには、私はすっかり気が狂っていたってさ(記憶があやふやです)。古い昔の先生だったエルフのミケナ・フロラが助けにきて介抱してくれたのは覚えている。しかもレジスタンスの猛者の「罠師」さんが、居合わせた魔族を八つ裂きバーベキューにして、魔族ギャング協力者たちに無理やり食べさせたとさ(魔族から恨まれるて再犯しにくいように)。
2
あの忌まわしい出来事から一ヶ月。
やっとこさ、私は「パン屋の看板娘」の表稼業に復帰できて(パン屋は米屋などと同じで主食を扱うため、割と町では良い評価されるステータスの職業とされる)、本日も台車にパン籠を重ねて配達中。家内工業などの職場のお得意様たちに昼食を届けるのは大事なお仕事だ。パンだからさほど重くはないが、それでも分量があるので小型の車輪つき台車でないと厳しい。
あのハンスの雑貨店の裏口は、仕立屋の家内工業の仕事場。私にとっては恒例の配達先なのだった。
扉に近づくと、ノックする前に開いた。
あの事件のあとで、見習いの徒弟と用心棒や連絡係を兼ねて、しばし住み込んでいる獣エルフの少年。「レトリバリクス」という名前の通りに耳がドロップイヤーで、狼男に変身しても「垂れたまま」なんだとか。町風のシャツ・ズボンと作業チョッキを着込んだ姿は、品の良い仕立屋や執事さんでも通りそうだ。
「姐さん、お疲れさまです」
ぺこりとゆるく会釈やお辞儀すると、耳が垂れた。どうやら獣エルフの聴覚や嗅覚から私の足音や台車の音やパンの匂いで、ドアをノックせずとも私が来たことを察するものらしい。
この彼も、私たちを救出してくれた一人だ。
「レト君、みんなのごはんだよ」
「あい!」
籠を手渡して、両腕に抱きかかえさせる。こんな可愛らしい少年でも腕力は強く(心優しいながらにも狼男なのだ)、落っことすことはまずない。そうして無防備になった彼の耳を、さりげなく撫で触る。最初のうちは抵抗していたが、近ごろでは諦めたようだ。
実は耳たぶが分かれて二又になっていて、しかも裏側は白い。けっこう卑猥で奇しき形。
「なんでなのか、身内の誰も彼もが耳ばかりを触ってくるんですよ」
やはり、この垂れ耳には謎の魅惑があるのか。
でも、私にはもっと気になる部位がある。いつも考えるのだが、まさか口に出来なくて、喉まで出かかって疑問がわだかまる。
(君のティンコは骨入りなの?)
犬のアレ、凶悪すぎるえげつなさ。
目の当たりにしているだけに、疑問がわく。
きっとレト君は、私の臭いで「不穏な思惑」に気がついているのかもしれない。
あんな経験をしてしまったら、魔法で身体は治っても、心や精神への影響はどうやったって残ってしまう。どうにかして「上書きや埋め合わせ」したくなる。無理やりや嫌な相手でなく、気に入った男の子とだったなら。
ふと目が合った。
「やっぱり欲求不満なんでしょうか? ハンスさんも、事情があったり責任感じてたりするみたいですし、あんまり遠慮しすぎるとかえって良くないかもです」
私は無言で、彼の耳をニッコリつねった。
3
その夜、「夜食」の小さなパン籠を持って、ハンスの店に行く(惣菜パンだ)。普通は夜の女の出歩きは安全面であまり賢くないのだが、店から二軒くらいしか離れていない。
しかも庭先で、レト君が大剣を革製の鞘を付けたままで素振りしている。仲間から指導を受けているようで、動作が理にかなった剣術だ。それは「野生の野獣やありふれた狼男」のような力任せだけでない、洗練された強さ。
「レト君、お夜食」
「あ。ありがとです」
彼の姉が、あの恐ろしい「魔術罠師」のトラ(トラバサミの鉄仮面!)と恋仲や夫婦同然だというから驚きだ。レト君に言わせると「誇り高き牝狼からすっかりデレデレの牝犬になって幸せそうにノロケてくる」そうだ。レトとも極めて仲が良いようで、彼の両手持ちの大剣は、元は兄貴分のトラさんが使っていたものらしい(狂った貴族の辻斬り・無礼討ちで片腕になってしまい、うまく扱えなくなってお蔵入り・死蔵していた逸品)。
意外なことに凶悪無残に見えるトラ氏は過去に学校で地誌学も学んでいて、レト君も色々と教えて貰っていたとか。罠師、見た目の粗野さや敵への異常な凶暴性の反面で、一般人に対してはそっけなくもかえって紳士的だったり、しばしば言動が理性的で高い知性を感じさせる不可思議さがある(「だからこそ余計に怖い」)。
なにせ頭目リーダーの「原始人騎士」クリュエルも元は神学校の出身者で農業の知識や鉱物学にも明るく、サキュバス姫騎士(魔族ハーフ)のサキも医学や薬学に詳しいらしい。「類は友を呼ぶ」理屈でなのか、彼らの「リベリオ屯田兵村」グループは他の多くの山賊やヤクザまがいのレジスタンスとは質が一線を画する(要塞の構成員も真面目な農夫・漁師の次男・三男や鍛冶屋・職人や堅気の避難民・志願者が大部分で、知識階級崩れや腐敗した魔術協会からの離反者や軍・警官の強硬派出身なども多い)。
「そうだ。ハンスさんが、商談のことで話があるそうです。お茶でも飲んでいかれては?」
レト君が小言で告げる。
どうやら、私の作る魔法石(使用期限の短い二級品だけれど)を必要とする案件があるのだろう。魔族犯罪に対抗するためには、人間側の魔術者を呼んでくるか、魔法武器や魔法石があることが大いに助けになるから。
実は今の魔術協会は特殊な選民思想と党派セクトの権益に固執して、親魔族ギャングと近しい。そのために本来は協力関係にあった軍の戦士団と対立的になり、離反した魔術者たちが軍や警察に魔法武器を供給している。それでようやく人間側領域を守っており、(有効期限つきでも)魔法石を作れる私もその「離反した魔術者」という位置づけになるらしい(私は政治事情に疎く、直接の戦闘力は雑魚なので自覚がなかったが)。
だから私が担うのは、とても大事なお役目だ。
でも、ドアをくぐり抜けながら私の頭をとっさによぎったのは「今日はハンスとキスくらいできるだろうか」なんて、浅ましくも切実な願いだった。