魔法石の密造人2/極限狂乱・犬エルフ・魔女誕生・新しい幸せ

犬エルフの少年とパン屋の娘(2)痴情のもつれです ※H

1
 私(アネット)は小一時間くらいハンスと話し込んで、後半三十分くらいはイチャついていた。抱きしめてキスは、とりあえず叶えられた。
 表に出たら、汗ばんだ肌に夜風が涼しかった。
 そして出迎えた、剣の修練中のレト君が庭で、少し鼻をヒクつかせた。やっぱり獣エルフの彼は臭いで何かと察してしまうことだろう。
 中途半端に発散されて、余計に高ぶった欲求不満。ハンスからすれば丁重に慰めたりいたわっていたつもりなのだろうが、真面目すぎて気を遣っているのがわかるので、こっちも無理には羽目を外せない。

(ハンスって、まだ私を妹分の純粋な小さな女の子だと思ってる?)

 あいにくと、いくら若いとはいえとっくに大人の女になっていて、おまけに今度の拉致監禁救出劇で「汚されまくっている」。それを、穢れなき幼い少女を優しいお兄ちゃんが気遣って慰めるみたいにしてくれて。
 二重にたまらない。優しさと愛で頭が蕩けてくるし、一線越えてこないのでお預け感と悩ましさが募ってくる。

(いっそ、レト君と浮気でもして、ハンスに蓮っ葉ぶりを見せつけてあげようかしら? その方がハンスだって気が楽になるかもだし、かえって気軽にしてくれそう?)

 私は不穏なことを考えつつ、レト君を見る。
 レト君、半歩ほど後じさった?

「あ、気になさらず。姉で慣れてますから」

「ふうん。お姉ちゃんいるんだっけ?」

「普段はよく犬になって、トラ兄にじゃれ倒してるんですけど、そういうときはまだ良いんです。元の人の姿でイチャついてトラ兄に抱きついてのしかかってるときに、たまたま部屋に入っていったら、すごい恨めしい顔で睨まれました」

「そうなの」

 レト君のお姉ちゃん(ルパ)は、クールビューティの狼女であるらしい。罠師のトラが魔族に捕獲されていた窮地を(虐待されている大型犬と思って)助けたのが馴れ初めだったとか。よく日記を開きっぱなしにして、ノロケた文章をレト君に見せたりするんだという。
 彼の口ぶりからすると姉弟の仲は良いらしい。

「あい。それとか、宴会でお酒を少し飲んで、ぼくが「ぼくは犬だ、犬になってやるんだ! ワンワンっ!」とかイキッてたら、横で姉貴がつられて「だったらあーしは猫になったるニャン!」って、トラ兄の膝に仰向けで大股開いちゃって。
犬の姿だったら良いんですけど、スカートですから。酔っ払った勢いで、普段に犬の姿でトラ兄にやっていることを、人の格好のままでみんなの前でやっちゃって。さすがに恥ずかしかったらしくって、それから三日くらい犬になったままで一言も喋らなかったです」

「うわ、それは恥ずかしいわー」

 それにしても酔ってイキッて「犬になってやる」と豪語するあたりに、この少年の性格が窺える。これでも獣エルフの狼男ではあるものの、自己認識や性格はレトリバー犬だとしか思えない。
 獣エルフの部族は森林エルフやドワーフなどと同様に人間側とのつながりが深いことも多く、通婚や混血の比率も高い。そのために、犬や猫のような人間に近しい動物に自らをなぞらえることも多い。
 一般に「凶暴な狼男」や「ヤギの邪神」として知られるのは、同じ獣エルフでも魔族や他の深淵(アビス)エルフとつながって、人間陣営を敵視したり餌食と考えているグループだ。
 レト君は「困った姉」について話し続け、私は興味津々に耳を傾ける。

「元は、変身の都合で裸みたいな格好でウロウロしてることも多かったのに、トラ兄にあってから急にしおらしくなっちゃって」

 獣エルフの変身パターンには二種類あるそうだ。意識的に切り替えできる者もいるらしいが、たいていは「二足歩行の獣人」か「完全な四足歩行の動物」のどちらからしい。
 後者(完全動物タイプ)は一見は戦闘的に見えて、必ずしもそうではない。両腕が人間時のように使えなくなれば武器を扱えなくなってしまうし、殴り合いや取っ組み合いでも不便になる。体型が変わりすぎるから防具や衣服も脱ぎ捨てるしかなくなる。それでむしろ飛躍的に有利になるのは「機動力とスタミナ」で、しかも「野生動物にほぼ完璧に擬態」できるから、ピンチの際の逃走やサバイバルに強い。
 ゆえに「完全動物タイプ」は女性に多い変身タイプらしい。だいたい女は身体の構造からしてあまり直接の戦闘向けではない。筋力や強度だけでなく、胸とか殴られたり切られたらそれだけで耐えられない。だから女性の獣エルフが二足歩行の獣人の姿に変身したところで、一番に攻撃されやすい場所におっぱいが二つ。どうせ腹筋も弱い上に、余計な急所の内臓(子宮)が多い細腰のお腹を敵に晒す。戦闘で有利になるようなメリットは薄いのだろう。本能でわかっているのだ。

「じゃあさ、レト君は女の人に免疫ありそう」

「そうかもです」

「ふうん?」

 私はわざとらしく、シャツの裾からお腹を搔いてめくってみた。さながら気分は浮かれ猫になっていた。反応が鈍いので、全部めくって見せつけてやった。いたいけない少年にやらかして「能動的な痴女」になった瞬間だった。
 思い切った愚かな振る舞いでも、あの不愉快な男たちにされたことより百倍良いし、まだ快楽で満足だ。これでちょっとは伝わったかな? 君にはこれくらいするのは私は嫌じゃないんだよ?
 シャツを戻して、きいてみる。

「感想は?」

「姉より上品でした」

 回答の一瞬の間で、言葉を選んだのだろう。律儀な感想の「上品」とはしかし、おそらく「慎ましい」とか「小さい」を当たり障りなく無難なように言い換えたのだろうか?
 この場で襲って押し倒してやろうかとさえ。マイナス効果だらけの人数に、プラス価値が一人増えたところでどうということはない。穢れと悲惨を薄められるかもしれない。
 そろそろ気が変になってきそうだった。

「私、今だったら尻軽女だけど」

「うーん? その、「今だったら」ってことは、本来の元々のアネットさんは、そうじゃなかったんですよね?」

 なんだよ、このやたら怜悧な犬エルフ。
 冷静かつ的確に、一番に痛いところを突いてきやがって。年下の男の子のくせに。
< 4 / 11 >

この作品をシェア

pagetop