🕊 平和への願い 🕊 ~新編集版~ 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて
 現在トルコには渡航中止勧告は発令されていないはずだと思って調べると、案の定、観光、ビジネス共に入国可能となっている。
 それにワクチンを3回接種した人は隔離措置の適用もないということだから、ハードルは低い。

 早速運行状況を調べると、ターキッシュエアラインズが羽田から毎日運航していることがわかったので、すぐに電話をして搭乗者名簿の確認を頼んだ。
 しかし、本人以外には教えられないと断られた。
 夫であることを伝えたが、それでも答えてはくれなかった。
 個人情報保護や詐欺対策の面から厳しく運用されているのだろう。

 これ以上粘っても(らち)が明かないので電話を切ったが、スマホに表示された時刻を見て暗い気持ちになった。
 出発時間を10分ほど過ぎていたのだ。
 妻はもう機中の人になっている可能性が高いことになる。
 まいった……、
 両手で顔を覆って中指で両目頭を揉んだ。
 すると、頭の中が後悔でいっぱいになり、行くんじゃなかった、と北海道への出張を悔やんだ。

 水産庁がロシアとサケ・マス交渉を開始したことを受けて北海道に出張していたのだ。
 交渉自体はウェブ会議方式なのでわざわざ北海道へ行く必要はなかったが、情報収集が必要と判断して現地に飛んだのだ。

 予想はしてはいたが、厳しい現状を目の当たりにした。
 出漁できないために陸揚げされた漁船が多数あり、漁師の焦りは半端なかった。
 サケ・マス漁に出られなければ1(せき)当たり6千万円から7千万円の収入を失う。
 シーズンは6月までと決まっているから、あとから取り戻すことはできない。
 いま漁に出なければならないのだ。

 それに、影響は漁師だけにとどまらない。
 卸や鮮魚店、鮨屋に和食料理店などすべての関係者に及ぶのだ。
 それだけに漁業や水産業が基幹産業である地域のダメージは大きい。
 もしこのまま漁ができなくなると廃業や失業という問題が顕在化(けんざいか)する。
 そうなると地域から出て行く人が増える。
 (すた)れていくのを止めることはできない。

 そんな現地の厳しい現状を目の当たりにして疲れ果てて東京に戻ってきたが、癒しを与えてくれるはずの妻は書置きだけを残して消えていた。
 どうしたらいいんだ……、
 何も考えられなくなった。
 ただ頭を抱えて苦悶するしかなかった。

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