🕊 平和への願い 🕊 ~新編集版~ 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて
 駅に着くまではなんともなかったが。満員電車に揺られていると気持ちが悪くなった。
 生唾が出てきてえずき(・・・)そうになった。
 しかし吐くわけにもいかずなんとか堪えて会社に駆け込んだ。

 トイレに飛び込むと、何度もえずいて胃の中が空っぽになった。
 液体しか出なかったが、しんどくて震えが来た。
 それでもなんとか朝一番の会議に出たが、プレゼンを聞いているうちに目の前が真っ白になった。
 その後のことは覚えていない。
 気づいた時には病院のベッドに横になっていて、腕には点滴のチューブが繋がれていた。

 様子を見るために一晩入院ということになった。
 生まれて初めての入院だった。
 しかし、不謹慎なようだが天国のように思えた。
 妻の匂いがする自宅は地獄でしかなかったからだ。
 当分ここに居てもいいと思った。

 一人部屋だった。
 相部屋は満室で入れなかったようだ。
 差額ベッド代がかかると言われたが、そんなことはどうでもよかった。
 他の人のことを気にせずにいられることがありがたかった。
 それに、夜遅く電話を受けるにも都合がよかった。
 間違いなくナターシャの母親からかかってくるからだ。
 ベッド横のサイドテーブルにスマホを置いて呼び出し音が鳴るのを待ち続けた。

 22時を過ぎた頃、スマホが着信を知らせた。
 案の定、義母だった。
 いま入院していることを伝えた上で、ナターシャが家を出て、どこにいるのかわからないことを正直に話した。

 義母は明らかに動揺していた。
 ショックを受けているようだった。
 そのせいか新型コロナの件に触れられることはなかったが、気まずい思いを拭い去ることはできなかった。
 電話が切れたあともそれはいつまでもとどまり続けた。
 
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