🕊 平和への願い 🕊 ~新編集版~ 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて
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「かわいそうに……」
 ナターシャの視線の先にはニュースを読み上げるアナウンサーの姿と字幕があった。
『タリバンが女子教育の再開を停止』
 アナウンサーの姿が消えると、若い女性の泣き顔が映った。
 登校してきた女生徒たちだった。
 ヒジャブを身に着けていたにもかかわらず、タリバン側が「正しいヒジャブを着けていない」とクレームをつけたのだ。
 その結果、再開当日に停止が言い渡される事態となった。

 すぐさま国連は非難した。
 アフガニスタン支援ミッションは「本日のタリバンの発表を遺憾に思う」と非難した。
 しかし、状況が変わることはなかった。
 非難はなんの効果もないのだ。
 タリバンは一笑にふすだろう。
 外国からとやかく言われる筋合いはないと。

「本当にかわいそうだね」
 同情するような夫の声が聞こえた。
 見ると力なく首を振っていた。
「こんなことになるとはね……」
 アメリカ軍が撤退した日のことを思い出したと言って目を伏せた。
 それは、2012年8月30日のことだった。
 アメリカ中央軍の司令官がアフガニスタン撤退完了を宣言したのだ。
 その日、アフガン地上部隊司令官とアフガン大使を乗せたC-17輸送機がカブール国際空港を飛び立つと、タリバン検問所から祝砲が鳴り響き、市内を警備する戦闘員から歓声が上がった。
 指導者の一人は「我々はアメリカに勝った」と豪語した。

 その日を境に過激派組織タリバンが支配する恐怖国家に立ち戻った。
 それは、女性の権利を含めた人権が失われたことを意味していた。
 アメリカ軍が侵攻する前の第一次政権では女性は働くことができなかった。
 父親や夫などの男性の付き添いなしで外出することもできなかった。
 更に、就学の自由は制限され、10歳以上の女子の登校は許されなかった。
 顔を出すことさえもできなかった。
 頭から全身をすっぽり覆うブルカの着用を義務付けられたのだ。
 それが極端なイスラム原理主義を崇拝するタリバンの思想だった。
「すべての女性の夢が破壊されたのよ」
 ナターシャは唇をかんだ。
 頭の中には大学院で学ぶことができた自らの幸運と対比せざるを得ない複雑な想いが渦巻いていた。

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