🕊 平和への願い 🕊 ~新編集版~ 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて
        3

 車の中で仮眠を取っていた倭生那に情報がもたらされたのは1時間ほどあとのことだった。
 次の出発は2日後だという。
 但し、戦況によっては延期されることもあると付け加えられた。

「どうしますか?」
 ミハイルが二つの心配を口にした。
 一つは帰国便の期日が迫っていること。
 もう一つはお金のことだった。
 追加料金を含めてかなりの金額になっているのは間違いなかった。
 更に、ウクライナまで追いかけていくとなると、かなりの割増料金が必要だという。

「いくらかかっても構いません」
 マンションを売ってでも妻を探し出すつもりだった。

「わかりました」
 ミハイルは運転手に視線を移し、トルコ語で何かを言った。
 ウクライナ行きを交渉しているような感じだった。
 しかし、運転手はすぐに首を振った。
 それは、モルドバより先にはいかないという意思表示のように思えた。

「戦地には行かないと言っています」
 ミハイルが残念そうに首を振った。

「わかりました。大丈夫です。妻が同乗したトラックに私も乗せてもらいますから」
 心はもう決まっていた。
 妻の行き先を知っている運転手に連れて行ってもらうのが最適解(さいてきかい)なのは明白だった。

「そうですか……」
 ミハイルが思案するような表情になった。
 彼にとっての最適解を探しているようだったが、突然車から降りてスマホを耳に当てた。
 トルコ語なので内容はまったくわからなかったが、なにやら交渉しているような雰囲気だった。
 5分ほどして車の中に戻ってきた。

「ビジネスの話です」
 そう切り出したミハイルは料金精算を求めてきた。
 戦地へ行って万が一命を落とすことになったら費用を回収できないからだという。
 もっともだった。
 倭生那は素直に頷いて小切手を切った。
 その額は予定していた金額の倍近くになっていたが値切るわけにはいかなかった。
 既にモルドバまで足を延ばしているのだ。
 請求が高額になるのは仕方のないことだった。
 領収書を受け取った倭生那は別れを告げた。
 しかし、ミハイルは首を振った。
 倭生那が出発するまでここに残るという。

< 41 / 107 >

この作品をシェア

pagetop