🕊 平和への願い 🕊 ~新編集版~ 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて
 ナターシャはドクロに追い立てられるように海から離れて街中に向かった。
 公園に差し掛かると早朝だというのに人で賑わっていた。
 しかし、のんびりとした雰囲気はなく、緊張に包まれていた。
 市民が軍事訓練をしていたのだ。
 二人一組になって格闘訓練を行っていた。
 その横では銃を持つ市民が武器の扱い方を習っていた。
 女性の姿も多く、老いも若きも真剣な表情で取り組んでいた。
 誰もがこの地を守り抜くために戦おうとしているのだ。
 祖国防衛のために身を捧げようとしているのだ。
 それを見ていると、突然心の声に喝を入れられた。

 しっかりしなさい!

 強い力で背中を押されたナターシャは仲間が待つボランティア会場に足を一歩踏み出した。
 しかしその時、頭上を爆音と共に何かが飛び去った。
 ミサイル? 
 と思う間もなく大きな爆発音が轟いた。
 すぐに濃い灰色の煙が立ち上ってきた。
 それを見て心が凍った。
 攻撃されたところはボランティア会場になっている学校の方角だったからだ。

 ヤメテ~!
 叫びながら走り出した。
 しかし、近づくにつれて危惧が当たってしまったことに(おのの)いた。
 間違いなく学校が破壊されていた。
 炎を上げているのは倉庫だった。
 医薬品や水や食料などを保管している倉庫が燃えていた。

「無理だ!」
 倉庫に飛び込もうとして誰かに止められた。
 一緒に働くスタッフの男性だった。
 しかし、ほんの少しでも持ち出したかった。
 すべてが命に直結した品だからだ。

「行かせて下さい」
 振り切ろうとしたが、羽交い締めにされて身動きができなくなった。
 そのままの状態で炎を見つめていると涙が出てきた。
 トルコやモルドバの人たちの善意が燃えているのだ。
 オデーサの人たちに届く前に灰になろうとしているのだ。
 涙が止まるわけはなかった。
 しかし、いつまでもこの場にとどまるわけにはいかなかった。
 ミサイルが続けて打ち込まれる可能性があるからだ。
 男性スタッフに抱きかかえられるようにして車に乗り込んだ。

「シェルターのある所に逃げましょう」
 彼はそう言うなり車を急発進させたが、その瞬間、大きな爆発音と衝撃が車を襲った。
 バックミラーには悪魔のような炎が殺意をむき出しにしていた。

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