推しと初恋

「推し」と「好き」

岡山みどり、17歳、高ニ。

私には最近推しがいる。

それはアイドルでもアニメキャラクターでもない。

__クラスの一男子生徒だ。


「てか、そんな好きなら告ればいいじゃん」

「そ、そーゆうのじゃないんだって……井上くんは」

私は語尾を小さくモニョモニョとして言った。

授業と授業の合間の昼休み。

私は親友の小麦に、いつものように井上くんの話を聞いてもらっていた。

そしたら突然小麦が"告る"とか言う言葉を出すものだから、席が遠く離れているとはいえ、同じ空間にいる井上くんに話が聞こえちゃわないかと内心ヒヤッとした。

そんな私のことを親友の小麦は眉根を寄せて見つめる。

「だって、井上のこと気になるんデショ?」

「気になるって言うか、私は遠くから見れるだけで幸せっていうか、今のこの位置がベストポジションっていうか」

小麦の眉間に刻まれた皺はますます深くなっていった。

うっ……そうだよね。

なんとなく分かってた。

小麦には私の気持ち分からない、よね。

だって、私と小麦とではそもそもタイプが正反対だから。

ギャルでアクティブな小麦と、

真面目で大人しい私。

だから、考え方に違いがあるのはいつものこと。

それでも私は小麦に自分の気持ちを分かってもらいたくて、口下手なりに、今日も言葉を捻る出すことに必死になる。

「……私にとって井上くんは推しって感じなの」

「推し?」

「うん。だからほんと付き合いたいとかじゃなくて、一クラスメイトとしての距離を保ったまま、陰ながら愛でたい、みたいな」

「ふーん」

「おかしい、かな?」

「いや、みどりがそれでいいなら何も言わないけどさ……うちだったら、推しでもチャンスがあるなら付き合いたいよ。ザイルのみっちーだって、付き合えるなら全然付き合うし!」

みっちーとは、小麦が推している韓国アイドルのことだ。

公開オーディション番組でデビューした子で、小麦はその当初から応援していたらしい。

「まぁ、それはうちがみっちーリアコ勢だからかも知んないけど! へへ」

小麦はそう言って、イタズラっぽく笑った。

推しでもチャンスがあるなら付き合いたいか。

なんだかすっごく小麦らしい。

確かに、アイドルや二次元に使う"推し"と違って、学校という身近な生活圏における"推し"は、好きや付き合いたいの別名だったりする。

それはいわゆる、〇〇が好き、〇〇と付き合いたいとストレートに言うのが照れ臭くて、オブラートに包んだ結果、"推し"って言ってしまう現象だ。

でも、小麦みたいにまっすぐな人間だったら"推し“なんて言葉に甘えなくても、ガンガン話しかけて仲良くなって、「好き」とか「付き合って」ってとか、躊躇いなく言えちゃうんだろうな。

__そして、たとえ同じクラスだったとしても、好きって思うことさえおこがましい、そんな差が人と人の間に平然と転がってること、きっと知らない。


私の場合はどうなんだろう。

そう言う面倒くさいの全部抜きにしても、

井上くんに寄せる感情は「付き合いたい」じゃないと思うんだけど……。


確かに井上くんは素敵な人だ。

艶やかなのにふわっと猫っけな黒髪、メガネの下の甘い垂れ目。

優しいそうな下がり眉に、華奢で色白な体。

そして何より__


「わっ、す、すみません」

「もー、井上は本当おっちょこちょいだなぁ」

返却のノートを盛大に床にばら撒いた井上くん。

慌てて散らばったノートを拾い集める彼の白い横顔は、ほんのり薔薇色に染まっていた。

担任の梶原先生はその光景を、呆れ半分、母性半分というふうな温かい目で見守っている。

私は、思わず机に顔を伏せた。

「みどり?」

だって、仕方がない。

誰にも見られたくないんだ__こんな締まりのない顔は。


これはきっと恋じゃない。

井上くんの慌てておどおどしている顔が"可愛い"なんて下世話な感情は他人に誇れるものではないから。
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