推しと初恋
真実
「久しぶりだなァ」
校門を出たところで声をかけられ、私は足を止めた。
「あなたたちは……どうしてここに」
そこにいたのは、私が以前ぶつかった不良男とその取り巻きだった。
「嬢ちゃん、あの男と随分仲良いみてぇじゃねぇか」
「あの男、」
あの人のことを言っているのは明確だった。
大方この間恥をかかされた仇をとりにきたというところだろう。
「仲良くはないです……」
私とあの人はただカフェで会って勉強を教えるだけの関係。
小麦の言うとおり、私はあの人のこと何も知らない。
名前だって何も__
「嘘言うんじゃねえよ。俺はこの目でちゃんとみてんだ。お前らがカフェで逢引してんの」
「あ、あれは逢引きなんかじゃ」
「あーもう、ごちゃごちゃウルセェな!! つべこべ言わず、ついてこい!!」
ガッと男に手を取られる。
「痛っ、」
粗野で乱暴で、あの人の時とは全然違う。
触れた先から体温が失われていくような、そんな感覚に肌が粟だった。
「岡山さん!」
「あ? 誰だテメェ」
「井上くん?! どうして……」
振り返ると、井上くんが息を切らして、立っていた。
連れ去られそうな私をみかねて声をかけてくれたのだろうか。
怖くて知らんぷりをしても誰も責めないだろうに、なんて勇気があって優しい人なんだろう。
「岡山さんをどうするつもりですか?」
「は、お坊ちゃんには関係ねぇな。とっととお家に帰りな」
男がそう言うと取り巻きがドッと笑う。
上手いこと言ったつもりか知らないけれど、心優しい天使みたいな井上くんになんて口の聞き方を……!
すると、井上くんが下を向いてボソッと言った。
「……に会話ができない……だな」
「は? なんっつたか聞こえませーん」
しかし、次の瞬間、不良男が地に伏していた。
否、井上くんに組み敷かれていた。
(……!)
「いっ、」
「汚い手で岡山さんに触れんな」
「……井上くん?!」
何が起きたかわからなかった。
頭が情報を処理しきれないまま、ただメガネの下の目と視線が交わる。
私を見ているようでみていない遠い瞳。
彼の目からは光が消えていた。
「っ、おい、見てねぇで、助けろ!」
不良男の言葉で一斉に襲いかかってくる取り巻き。
しかし、井上くんは多勢に無勢をもろともせず、軽々とした身のこなしで、次々と不良たちを打ち倒していった。
「うそ……でしょ」
私は呆然とその様子を見守る。
これじゃあ、まるで__
そのとき、避けたはずみか井上くんの顔からメガネが滑り落ち、地で割れた。
「お、お前、もしかして、あの時の」
「やっと気づいたんだ。遅いよ」
井上くんは前髪をかきあげ、冷たい瞳で地べたに這いつくばっている不良を見やると、力いっぱい踏みつけた。
「俺は別に構わないけどさ、」
それから髪の毛をつかみ顔を向かせると、最上級の笑顔で微笑んだ。
「今度岡山さんにちょっかい出したら……君たちの頭でもどうなるかくらいわかるよね?」
「ひっ、」
男は気を失ったのか、その場から動かなくなってしまった。
後には不良の屍の山と、私だけが残される。
「井上くん……」
「岡山さん__大丈夫だった?」
「うん、私は平気だけど、」
「ならよかった」
「井上くん……メガネが」
「あぁ、あれは伊達だから壊れても大丈夫」
井上くんはそう言って控えめに微笑んだ。
彼の目には光が戻っていた。
__だけど。
「何か気づいた?」
井上くんに聞かれ、私は半信半疑で口にした。
「私がカフェで会ってたのも、不良に絡まれているところを助けてくれたのも、もしかして全部井上くん?」
「うん、そうだよ」
「雰囲気とか全然違うから私……」
「隠すつもりはなかったんだ。でも岡山さん全く気が付かないから、つい出来心で」
「そんな」
まるで狐に摘まれた気分だった。
ドジで可愛い井上くんと、
喧嘩が強くて、大人びていて、どこか掴めない彼がまさか同じ人だったなんて。
「さっきの方が、カフェで会っていた時の方が素だって言ったら岡山さんは僕のこと嫌いになる?」
「嫌いになるなんて、そんなことは、絶対、ないよ……」
言葉ではそう言いつつも、頭が追いつかなかった。
「じゃあ、明日からも変わらず僕のこと推してくれるんだ」
「うん……え?! な、ど、どうしてそのこと……」
「小杉さん、声大きいから」
こ、小麦〜〜!!!!!!
羞恥で顔が熱くなる。
もしかして、今までの私の戯言も全部聞かれていた……そう思うと死にたくなった。
「でも、これからはもっと近くて推してくれると嬉しいな。遠くからなんて言わずに」
ギュッと手を彼の両手で包み込まれ、
推しの出血大サービス、トキメキの大安売りと言った行動に戸惑った。
「井上くん?! そのキャラは素じゃないんでしょ?」
「あなたが喜ぶなら、俺は猫をかぶることだって厭わない」
可愛い顔して微笑む瞳に、たしかにあの人が見えた気がして__
「ふふ、岡山さん顔真っ赤」
「!」
これはきっと恋じゃない……
だって、だって、何だっけ__?
「これからもよろしくね、岡山さん♡」
井上くんに翻弄される日々は続きそうです。
【完】
校門を出たところで声をかけられ、私は足を止めた。
「あなたたちは……どうしてここに」
そこにいたのは、私が以前ぶつかった不良男とその取り巻きだった。
「嬢ちゃん、あの男と随分仲良いみてぇじゃねぇか」
「あの男、」
あの人のことを言っているのは明確だった。
大方この間恥をかかされた仇をとりにきたというところだろう。
「仲良くはないです……」
私とあの人はただカフェで会って勉強を教えるだけの関係。
小麦の言うとおり、私はあの人のこと何も知らない。
名前だって何も__
「嘘言うんじゃねえよ。俺はこの目でちゃんとみてんだ。お前らがカフェで逢引してんの」
「あ、あれは逢引きなんかじゃ」
「あーもう、ごちゃごちゃウルセェな!! つべこべ言わず、ついてこい!!」
ガッと男に手を取られる。
「痛っ、」
粗野で乱暴で、あの人の時とは全然違う。
触れた先から体温が失われていくような、そんな感覚に肌が粟だった。
「岡山さん!」
「あ? 誰だテメェ」
「井上くん?! どうして……」
振り返ると、井上くんが息を切らして、立っていた。
連れ去られそうな私をみかねて声をかけてくれたのだろうか。
怖くて知らんぷりをしても誰も責めないだろうに、なんて勇気があって優しい人なんだろう。
「岡山さんをどうするつもりですか?」
「は、お坊ちゃんには関係ねぇな。とっととお家に帰りな」
男がそう言うと取り巻きがドッと笑う。
上手いこと言ったつもりか知らないけれど、心優しい天使みたいな井上くんになんて口の聞き方を……!
すると、井上くんが下を向いてボソッと言った。
「……に会話ができない……だな」
「は? なんっつたか聞こえませーん」
しかし、次の瞬間、不良男が地に伏していた。
否、井上くんに組み敷かれていた。
(……!)
「いっ、」
「汚い手で岡山さんに触れんな」
「……井上くん?!」
何が起きたかわからなかった。
頭が情報を処理しきれないまま、ただメガネの下の目と視線が交わる。
私を見ているようでみていない遠い瞳。
彼の目からは光が消えていた。
「っ、おい、見てねぇで、助けろ!」
不良男の言葉で一斉に襲いかかってくる取り巻き。
しかし、井上くんは多勢に無勢をもろともせず、軽々とした身のこなしで、次々と不良たちを打ち倒していった。
「うそ……でしょ」
私は呆然とその様子を見守る。
これじゃあ、まるで__
そのとき、避けたはずみか井上くんの顔からメガネが滑り落ち、地で割れた。
「お、お前、もしかして、あの時の」
「やっと気づいたんだ。遅いよ」
井上くんは前髪をかきあげ、冷たい瞳で地べたに這いつくばっている不良を見やると、力いっぱい踏みつけた。
「俺は別に構わないけどさ、」
それから髪の毛をつかみ顔を向かせると、最上級の笑顔で微笑んだ。
「今度岡山さんにちょっかい出したら……君たちの頭でもどうなるかくらいわかるよね?」
「ひっ、」
男は気を失ったのか、その場から動かなくなってしまった。
後には不良の屍の山と、私だけが残される。
「井上くん……」
「岡山さん__大丈夫だった?」
「うん、私は平気だけど、」
「ならよかった」
「井上くん……メガネが」
「あぁ、あれは伊達だから壊れても大丈夫」
井上くんはそう言って控えめに微笑んだ。
彼の目には光が戻っていた。
__だけど。
「何か気づいた?」
井上くんに聞かれ、私は半信半疑で口にした。
「私がカフェで会ってたのも、不良に絡まれているところを助けてくれたのも、もしかして全部井上くん?」
「うん、そうだよ」
「雰囲気とか全然違うから私……」
「隠すつもりはなかったんだ。でも岡山さん全く気が付かないから、つい出来心で」
「そんな」
まるで狐に摘まれた気分だった。
ドジで可愛い井上くんと、
喧嘩が強くて、大人びていて、どこか掴めない彼がまさか同じ人だったなんて。
「さっきの方が、カフェで会っていた時の方が素だって言ったら岡山さんは僕のこと嫌いになる?」
「嫌いになるなんて、そんなことは、絶対、ないよ……」
言葉ではそう言いつつも、頭が追いつかなかった。
「じゃあ、明日からも変わらず僕のこと推してくれるんだ」
「うん……え?! な、ど、どうしてそのこと……」
「小杉さん、声大きいから」
こ、小麦〜〜!!!!!!
羞恥で顔が熱くなる。
もしかして、今までの私の戯言も全部聞かれていた……そう思うと死にたくなった。
「でも、これからはもっと近くて推してくれると嬉しいな。遠くからなんて言わずに」
ギュッと手を彼の両手で包み込まれ、
推しの出血大サービス、トキメキの大安売りと言った行動に戸惑った。
「井上くん?! そのキャラは素じゃないんでしょ?」
「あなたが喜ぶなら、俺は猫をかぶることだって厭わない」
可愛い顔して微笑む瞳に、たしかにあの人が見えた気がして__
「ふふ、岡山さん顔真っ赤」
「!」
これはきっと恋じゃない……
だって、だって、何だっけ__?
「これからもよろしくね、岡山さん♡」
井上くんに翻弄される日々は続きそうです。
【完】