天才と呼ばれた彼女は無理やり入れられた後宮で怠惰に過ごしたい!②

何もしない日

 師匠なら、この私のモヤモヤを解決してくれるだろうと思い、近況を知らせると共に、ウィルバートが良い王になろうとしていることや私は未熟者で感情のまま策を弄してしまったことを手紙に書いた。

 やや反省文に近いんじゃないかな?これ師匠、爆笑しないかな?と思いつつ出した。

 師匠からの返事は早かった。しかし、また一言だけ。

『何もしない日があっても良い』

「こ、これは、どういう意味なのよっ!?」

「あら、まあ……またですか?」

 アナベルが頬に手をやり、首を傾げる。

「もうっ!たまにはわかりやすく教えてくれてもいいのにー!」

 私の非難する声はもちろん師匠には届かない!なんでこんな性格なのよー!?

「ま、まぁ、いいわ!私は怠惰に過ごすプロよ!プロ意識を持って『何もしない日』に今日はするわっ!」

「また変なことをお嬢様は言い出してますね。なにが怠惰のプロですか……」

 アナベルは呆れている。私は半ば、意固地になって、今日を怠惰な『何もしない日』にした。

 早速、本を片手に窓を開けて、お茶を用意してもらい、ゆっくりとする。最近、怠惰にする時間が減っていたから、ちょうど良いわ。ぼんやりと庭も眺める。

 昼食までボーッとするが、師匠から出されたお題の意味がわからない。難解すぎるわ。この天才リアン様でも師匠は食えない人なのだ。

「お嬢様、午後から、ドレスや靴などの店主を呼んでお買い物の予定でしたけど、キャンセルしますか?」

「あああああ!?今日だった!?……忘れてたわ。うーん。仕方ないわね。それはするわ」

「ええっ!?怠惰な時間は終了するんですか!?珍しいですね。お嬢様はそんなにお買い物好きでしたっけ?えーと、かしこまりました。では店主を呼んでおきますね」

 私が断ると思ったらしく、アナベルは驚いていた。……怠惰に過ごそうと思ったけど、午後からは無理そうだわ。

 部屋の中にドレスや鞄、靴、装飾品の数々が並べられる。

「リアン様、お久しぶりでございます」

 クラーク家の商人である。私とも顔なじみで、お父様の右腕とも言われる人だ。小柄で小太り、人が良さげな顔をしているが、商売に関しては容赦ない性格をしている。

「今日は来てくれてありがとう。お父様はお元気?」

「はい。いつも通りお元気ですよ」

 おすすめはどれ?と尋ねると鞄を渡される。

「この鞄は革製ですが、上質な革で臭くもなく、また流行りのデザインで、花のコサージュやこの宝石のついた飾りなどを付け替えて使って頂けると、いろんな見せ方ができ、楽しめます。なかなか革の製品で、ここまでしっかりとしたものは見つけにくいです」

「へぇ~。じゃあこれにするわ」

「ありがとうございます!」

 私は彼の腕前を信頼しているので、即決した。アナベルは決断が相変わらず早いですねぇと笑っている。

 商人が帰り、私は鞄を開ける。その鞄の中の誰も気づかないであろう隙間に小さな紙片が仕込んであった。アナベルや他の人がいない隙に読む。これが欲しくて怠惰な時間を削ったのだ。

 他国の動向はどうかしら?隣国で金属が多く集められている?戦の準備なのかしら?注意して動向を見る必要があるわね。今年の夏は暑くなりそうで塩の需要が伸びそうということや民の間での流行りの物、噂されていることなど細かい情報があった。また私のことをよく思っていない人物の名が書かれており、注意しておくようにともあった。

 全て読み終わり、私は魔法の炎で紙切れを焼いてしまう。

 ウィルバートが、後から見に来て、鞄しか買わなかったのか!?と驚いて、私に尋ねる。

「これが一番気に入ったし、ドレスや装飾品もたくさんあるから……」

「好きな物あったら、なんでも買っていいんだけど?」

「良いのよ。もう!甘やかさないでよね!」
 
 最近、とても私に甘すぎる気がする。ウィルバートはニッコリと微笑んだ。

「甘やかすのは夫の務めだからね。甘やかせてくれてもいいんじゃないかな?」

 私は思わず手が滑って、鞄をボトッと床に落としかける。ウィルバートが素早くキャッチした。

「なんかウィルバート、すっごく女の扱い方がうまくなってない!?」

「いや?リアンにだけ甘いんだよ」

 その言葉もよっ!……天然なの?天然で言ってるの!?私は不覚にも、ウィルバートの言葉に動揺を隠せなかったのだった。

 その数日後、師匠から、また手紙が来た。

「師匠のお題をクリアしてないのにー!」

 私はそう言いつつも手紙を開けた。

『何もしない日なのにしてしまったことがあるとすれば、それが今のリアンが一番大事に考えていることだろう。色々、考えすぎず、己の気持ちに素直になれば良いのではないか?』

 ………師匠が怖すぎる。ど、どこまでお見通しなのよ!?

「どういう意味なのでしょう?あの日、お嬢様はお買い物されただけでしたよね?でもそんなにお買い物は好きじゃないでしょう?」

 私のことをよく知るアナベルは首を傾げて言う。私は無言で短い手紙を眺め続けた。

 クラーク家の商人達のネットワークの力を使い、こっそり情報を手にいれているのはウィルバートのために私ができることをしたいからだ。『何もしない日』なのに行動してしまった。なんだか、何かに負けてしまった気分だわと思った私なのだった。


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