真夜中のシャンプー屋
カラン。

扉を開けると、昔の喫茶店のような音。
ベルがついているらしい。

「いらっしゃいませー」

黒髪の女性が振り返る。
瞳は夜のネオンを映したような金色。
こんな猫がいたような気がする。

「シャンプー500円です。どうぞー」
「あ、はい」

言われるがままに、シャンプー台に腰掛けるカエデ。
女性が手早くカエデにクロスをつけ、脚にタオルをかけてくれる。

安いな、500円て。

そう思ったカエデの心を読むように、女性が声を出す。

「ブローはプラス500円でーす」
「あ、はい」
「乾かさなくてもいいって人もいますし」
「確かに。夏とかね」
「そうそう、夏とかね」

顔に軽いタオルがふわりとかかる。
喋るとそれが飛んでいきそうなので、黙る。

美容院のシャンプーって好きなのよね。
自分じゃこうはいかないし。

「熱くないですかー?」

心地いいお湯が頭を髪を濡らしていく。
自分でやるとただの作業だが、人にやってもらうとお湯マッサージのようだ。

「だいじょうぶですー」

タオルが飛ばないように、呼吸に気をつけて言う。
シャワシャワとシャンプーの音がする。
ハーブのいい香りが漂う。

勢いで入ってしまった。
柄にもなく。
いつも店に入る時はネットで下調べをするのに。
そもそも、ここは繁華街。
怪しい店じゃないかと疑い、シラフなら絶対入らなかっただろう。

ああ、そんなことはどうでもいい。
ただただ、気持ちがいい。
帰って自分でシャンプーするとなると、ただの地獄なのに。
柔らかい指先が頭皮を優しく撫でたかと思うと、
しっかりと指の腹を当てて、根本を揉みしだいていく。

癒やされる〜!!!
ビバ、シャンプー!!
飛べる!ジャンプー!

気づくとウツラウツラしてしまう。
ハッと気づくと、夢の時間は終わっていた。

「ブローされていきます?」
「はい。冬ですし」
「冬ですしね」

女性はタオルドライをした後に、ドライヤーで髪を乾かしていく。
これもまた至福。自分でやるとただの地獄2なのに。
軽く引っ張られる感覚が心地良い。
またウツラウツラしてしまう。
帰ったら即寝だな。

「こちら、いつ出来たんですか?」

ドライヤーが終わり、聞いてみる。
ドライヤー中は、大声になってしまうので会話は苦手だ。
女性はなぜか躊躇いつつ言った。

「んっと、結構前ですね」

全然気づかなかった。
1000円札を出す。消費税はいらないようだ。

「ありがとうございましたー」

女性がにっこりと笑って送り出してくれる。

全然怪しい所はなかった。
いつもなら入らない店。
今日、こんなに呑まなかったら、会えなかった店。
あのクライアントに感謝すらしたくなる。

また来よう。
真夜中のシャンプー屋。
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