真夜中のシャンプー屋
クロスをつけられ、シャンプー台にあがる。
ゆっくりとシャワーが頭にかけられる。

「熱くないですかー?」

女性が髪を撫でて行く。

「その質問ってどうなんすかね」
「はい?」
「そっちが手で触ってるなら、熱くないと思うんすけど」
「感じ方は人それぞれですからねー」
「それにしたってなー。熱いですって言われた事あります?」
「ないですねー」
「ほら」
「挨拶みたいなものですかねー」
「挨拶ねぇ」

顔の上にかけられたタオルが邪魔だ。口が塞がれる。
喋るのは得意だ。だからホストに誘われた。
しかし、今日はささくれている。

大好きですよ、も、挨拶だった。
心がこもってないのよと言われた。
でも挨拶は大事だろう。そう教わった。
いつからこんなに言葉が軽くなったんだろう。

ワックスが取れないのか、シャワーが長い。
自分でやると、この時間は嫌いだ。なんだかべとべとする。
しかし、人にやってもらうと、心地いい。
髪を傷めないようにか、ゆっくりゆっくり撫でて溶かしていく。
自然に息が落ち着いてくる。
何かがほどけていく。
寝そうだな、こりゃ。

「お疲れさまでしたー」

はっと気づくと終わっていた。
がっつり寝てしまっていた。
顔のタオルが取られる。眩しい。

「あ、ど、どうも」

女性が椅子の背もたれをあげる。
もったいなかったなと心の中で呟く。

「ブロー、どうされます?追加料金ですけど」
「あ、すぐ乾くし大丈夫っす」
「はーい」

椅子から降りると、頭が軽い。
風が通って行く気がする。

「ありがとうございましたー」

店を出ると、すでに太陽が出ていた。
髪の毛が冷たくなる。
しまった。今日は寒い。家はかなり歩く。

今度はブローしてもらおう。
真夜中のシャンプー屋。
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