魅惑の航空王は最愛の元妻を取り戻したい
 最初は彼の隣にいることすらためらうくらいだったのに、いつの間にかこのままでいたいと願っている。彼との生活は緊張の連続だけれど、全然嫌じゃない。

 ご飯を作って帰りを待っているのも、ふたりの居場所になった部屋を綺麗にするのも、毎日挨拶を交わすのも、どれも私の心を豊かにしてくれるから。

 捨てられたくないと思っているのは私のほうだ。誠一さんは、女性除けのために結婚相手が必要だからなんだろうけど……。

 なぜか胸にちりっとした痛みを感じた時、大きな手が私の髪を優しく撫でる。

「もうひと眠りしたら、近所のパン屋にでも行こうか。クロワッサン食べたがっていただろ」
「行きたいです!」

 小さな小さな約束ですら嬉しくなる。彼の手つきが心地よく、安心して胸の痛みはすぐに消えていった。

 再び瞼を閉じた綺麗な顔を、今度は私が見つめる。

 捨てられたくないのは、贅沢な暮らしができなくなるからでも、ひとりになりたくないからでもない。別の理由をはっきり言い表したいのに、それはふわふわとしていてまだ掴めそうになかった。


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