『異質のススメ』 他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
 それからしばらくの間、リスボンとポルトの話で盛り上がったが、先見さんの目の周りが少し赤くなった頃、観光から歴史へと話題が変わった。
「ポルトガルはかつて世界最強の国だったんですよ。それが今では……」
 琥珀色の液体を見つめながら先見さんが残念そうに頭を振った。
「15世紀に始まった大航海時代で七つの海を制したと言われるポルトガルは世界最強の国家となりました。16世紀前半のリスボンは世界最大級の都市にまで発展したのです。その頃日本にもやって来ています。種子島に漂着したポルトガル人によって火縄銃の技術が、そして、ポルトガル国王の命を受けたフランシスコ・ザビエルによってキリスト教が伝えられました。更に、中国も交えて南蛮(なんばん)貿易をスタートさせています。ヨーロッパ西端の小国が世界に大きな影響を与えていたのです。しかし、それは長続きしませんでした。イギリスやオランダとの植民地競争が激化して国力は衰退し、1580年から1640年の間スペインに併合されるという屈辱を味わっています。正に栄枯盛衰です」
 そこでポートワインを一口含んだ彼は悠久の歴史を噛みしめるかのように口を動かしてから飲み込み、「アジア東端の小国である日本も世界に君臨した時代がありました。ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代です。高品質低価格を武器に日本製品が世界を席巻したのです。しかしそれも長続きしませんでした。新たな価値を生みだせなかったからです。それは改良以上のものを提供できなかったことを意味しています。改良やコストダウンで成功した日本でしたが、力を付けてきた新興国のターゲットとなり、人件費の安さを武器にどんどんシェアを奪われることになりました。そして、体力勝負の血みどろの戦いに巻き込まれてしまい、かつての勢いは消え失せてしまいました」と、敗戦国でありながらGDP世界第2 位に躍り出て1980年代に頂点を極め、その後緩やかに衰退している日本の姿をため息と共に吐き出した。
「ポルトガルも日本も最盛期に安住せず、新たな価値を生み出す努力をしていればその後の展開は変わっていたかもしれません。しかし、新たな価値を生み出すことができず、ズブズブと沈んでいったのです」
 その通りだった。同質競争の罠から抜け出せなかったのだ。
「そうなってしまったのはリーダーの先見性が欠如していたからに違いありません。未来設計図が描けていなかったのです。無競争を生み出す源泉がわかっていなかったのです」
 彼の口から重要なキーワードが立て続けに飛び出した。
『先見性』
『未来設計図』
『無競争を生み出す源泉』

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