『異質のススメ』 他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
「もしソニーで異質とされた彼が組織の一員ではなかったら、もし彼がアメリカで生まれていれば、私はいつもそう考えてしまいます。先ず組織の一員という観点から考えてみると、日本にもソフトバンクの孫さんやユニクロの柳井さん、日本電産の永守さんなど、異質・異能な経営者はいます。彼らは常識を疑い、壁をぶち破り、世界で戦い、現在の地位を築きました。それは、創業者兼オーナーだからできたのです。サラリーマンだったら無理だったでしょう。村社会の日本においてはまさしく出る杭は打たれるからです。ですので、ソニーの彼がより大きな挑戦をしようとすれば、若いうちに独立するしかなかったのかもしれません。次に、アメリカで生まれていたらという観点で考えてみると、日本においては彼は異質・異能ですが、アメリカにはそんな人はごろごろいます。アップルのスティーヴ・ジョブズ、アマゾンのジェフ・ベゾス、テスラのイーロン・マスクなど、数え上げればキリがありません。何故なら、アメリカにおいては人と違うことが称賛されるからです。だからエンジェルと呼ばれる個人投資家は血眼になって異質・異能者を探すのです。そして彼らを全面的にバックアップするのです。だから資金が集まります。その資金を手にした経営者は事業に集中的に投資することができるので、急速な成長が可能になるのです。そういう背景があるので次々にベンチャー企業が誕生します。そしてその中から既存の価値を破壊するブレークスルーが生まれるのです。ダイナミックですよね」
 揺るぎない眼差しになった彼は核心に踏み込んでいった。
「どの組織の中にも異質・異能な社員は存在します。問題は、そういう人材を発掘し抜擢する風土があるかどうかです。経営者が後継者を選ぶ時にその要素を重視するかどうかです。ソニーには風土はありましたが、当時の経営者がその要素を軽視してしまいました。というか、理解していなかったのかもしれません。その結果、ソニーらしさは失われ、画期的な新製品は途絶え、長期低落へと坂を転がり落ちていったのです。見るも無残に」
 わたしは大きく頷いた。
 体の中に溜まったマグマが噴き出しそうになっていた。
 しかし、「あなた」という控え目な奥さんの声が口の動きを封じた。
 目を向けると、奥さんが置時計を指差していた。
 10時を回っていた。
 あれから3時間も経っていた。
 先見さんは驚いたように大きく目と口を開けたが、ハッとした様子ですぐにスマホを掴んでタクシーを呼んだ。
 数分で来るという。
 わたしは慌ててトイレを借りて、お礼もそこそこにバタバタとお暇した。

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