『異質のススメ』 他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
「いらっしゃい」「お待ちしておりました」
 マスク姿の2人が揃って玄関で迎えてくれた。
「お言葉に甘えまして」
 同じくマスク姿のわたしが言い終わらないうちに、「まあまあ」と言いながら、早くスリッパを履くように促された。
「先日は遅くまでお邪魔してしまって」
「まあまあ」
 また言い終わらないうちに、椅子に掛けるように促された。
 座ると、「ちょっと待っててくださいね」と言って夫婦揃って台所へ向かった。
 
「ジャジャ~ン!」
 (くち)ファンファーレと共に先見さんがビールの小瓶を数本運んできて栓抜きで開けようとするので、ちょっと待ってもらって、包装したDVDをテーブルに置いてお土産だと告げると、「気を使わせてすみません」と頭を下げたが、すぐに「開けてもいいですか」とリボンに手をかけて包装紙を丁寧に剥がしてDVDを取り出した。
 するとたちまち顔が綻び、二つを手に持って台所へすっ飛んで行った。
 
「まあ~素敵」
 奥さんの声が聞こえたと思ったら、2人が寄り添うようにして戻ってきた。
「ありがとうございます。チェコってまだ行ったことがないのでとっても嬉しいです。ねえ、あなた」
 笑みを浮かべて頷いた先見さんはDVDをセットしてから3つのグラスにビールを注ぎ、「お互い今日も平熱で体調に問題がないようなので最初からマスクを外して楽しみませんか。但し、唾が飛ばないように話す時は手で口元を塞ぐようにしたらどうかと思いますが、いかがでしょう」と顔を覗き込むようにした。
 もちろん異論はないので即座に頷くと、先見さんが左手にビールグラスを持って右手で口元を覆ってから「乾杯!」と囁くように発声した。
 応えて無言でグラスを掲げてからググッと飲み干すと、なんとも言えずおいしかった。
 ビールの味ももちろんだが、それより何よりお2人と飲めること自体が幸せだった。
 するとそれが顔に出たのか、「いけるでしょう。うまいでしょう」とニコニコ顔になった先見さんがDVDプレーヤーのリモコンを持って再生ボタンを押した。

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