『異質のススメ』他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
「次のビールを持ってきますね」
 そのまま見ててください、と言いながら先見さんが台所へ向かったが、戻ってきた途端、「チェコが国民一人当たりのビール消費量世界一だということを知ってましたか?」と問われたので首を大きく横に振ると、ビールを注ぎながら蘊蓄が始まった。
「チェコは20年以上も世界一をキープしているビール大国なんですよ」
「へ~、そうなんですね。1位はドイツとばかり思っていました」
「そうですよね。ドイツのイメージが強いですよね。でも、ドイツは3位なんです。2位はオーストリア。因みに日本は50位なんですよ」
「えっ、そうなんですか? 意外に低いですね」
 ちょっと驚いていると、先見さんではなく奥さんが口を開いた。
「『ミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキー』なんていう宣伝が昔あったから、ドイツと日本は肩を並べているような気になった方も多いかもしれないけど、全然違うのよね」
 最年長の奥さんが昔を思い出すような眼差しで先見さんを見つめると、「まあね。あの宣伝は本場並みに美味しくなったというアピールと、北緯45度のビール産地を掛け合わせたものだったから消費量とは関係ないんだけどね。でもインパクトがあったよね」と頷きを返したが、わたしはその宣伝のことを知らないのでなんの話をしているのかまったくわからなかった。
 でもその話が続くことはなく、「ピルスナー発祥の地だから旨さが違うでしょう」と話題が変わった。しかし、これもわからなかった。ラガーは知っているがピルスナーという言葉は聞いたことがなかった。なのでちょっと首を傾けていると、またしても先見さんが疑問を解くように説明を始めた。
「ピルスナーって余り馴染みのない言葉ですよね。でも、製法としてはよくご存じのラガービールと一緒なんですよ。下面(かめん)発酵(はっこう)といってドイツで発明された製造方法なんです。ただ、ドイツとは水の硬度が違っているので、風味が違うチェコのピルスナービールが生まれたんです。因みにピルスナーとは、ピルゼンという町で醸造が始まったことに由来しているようです」
 そうなんだ。ということは、スーパードライや一番搾りやザ・プレミアム・モルツなんかと造り方は一緒なんだ。ふ~ん、と日本の代表的なビールを思い浮かべていると、奥さんが席を立った。それを見て先見さんがDVDを止めた。

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