『異質のススメ』他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
 そのジョブズが尊敬する人は盛田さんと井深さんだったと聞いて、なんという皮肉だと思った。ソニー・スピリットはソニー社内よりもアメリカで高く評価されていたのだ。
「もちろん、その時と今では事業構造が変わっているし、コングロマリットとなった現在のグループをマネジメントするためには理系とか文系とか関係なく広い視野と洞察力を備えた人がトップになればいいんだけど、でも、技術を統括するリーダーには設立趣意書に書かれた創業者の意志を真に理解し、その実現に向けて執念を燃やす人になってもらいたいわね」
「そうですよね。でもそうなる可能性ってあるのでしょうか」
「わからないわ。今の経営陣がソニーをどういう方向に持って行こうとしているのかにかかっているとしか言えないわね。でもね、これだけは断言できるわ。『製品を通して新しいライフスタイルを生み出す』という視点を持つ人が率いていかなければいけないの」
 教授は、それは間違いないことだとでもいうように大きく頷いてから、盛田さんがよく口にしていたポリシーとも呼べるものについて説明を始めた。
「彼は『消費者がどんな製品を望んでいるかを調査して、それに合わせて製品を作るのではなく、新しい製品を作ることによって消費者をリードしていかなければならない。消費者に利便性や使い方などを教えながら市場を作っていかなければならないのだ。もし市場調査を重視していれば、ウォークマンは生まれなかった』と言ったの。けだし名言だと思うわ」
 音楽好きな井深さんが出張の時に持って行けるような小型の再生専用機が欲しいと言ったことから開発が始まり、完成したものを視聴した盛田さんが「いける!」と閃いて商品化に動き出したのだという。
 それは技術力に裏打ちされた直感と、『こんなものが欲しい』『こんなものがあれば嬉しい』という欲求を実現させる強固な意志によってもたらされたのだ。
「その時、井深さんは70歳だったのよ。盛田さんだって58歳だったわ。その歳で消費者はもとより、社員も考えつかなかったことを実現させるのだから創業者の2人は凄いわよね。正に異質の才能の為せる業だと思うわ」
 最後は専門の異質学に収束させてご満悦の顔になった。

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