『異質のススメ』他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
 実家に帰るのは久し振りだった。
 新型コロナが騒がれ出してからは初めてになる。
 両親共に前期高齢者なので慎重に体調管理をして体温と咳とくしゃみを毎日チェックしてきたが、今朝も異常はまったくなかったのでそのことを伝えてから自宅を出た。
 両親も異常なしとのことだった。
 
 JR御茶ノ水駅の御茶ノ水橋出口を出て、楽器店が並ぶ通りを南に下ると、4分ほどで右側に明治大学が見えてきた。
 3千平米を超える敷地面積にいくつもの校舎が立ち並び、中でもリバティタワーは高さ120メートルを誇る地上23階建ての近代的なビルで、一見しただけでは学び舎とは思えないほどである。
 
 その手前の大学会館を右に曲がると、『山の上ホテル』がある。
 1954年開業の老舗ホテルで、アール・デコ調のクラシカルな内外装が当時を偲ばせると人気がある。
 かつて出版社が密集していた神田に近いことから川端康成や三島由紀夫など多くの作家が定宿としていたようで、そのことから『文化人のホテル』とも呼ばれていたらしい。
 
 その裏側には錦華(きんか)公園があり、隣接する旧錦華小学校は夏目漱石が学んだ小学校と聞いているが、今はお茶の水小学校に名前を変えている。
 
 錦華公園を左に見ながら坂を下りて少し先の路地を入ると実家が見えてきた。
 しかしいつものことながら変な感じがする。
 この辺りで一軒家はこの家だけだからだ。
 周りはすべてビルになっているので、スズランではないが、谷間に咲くユリのような存在に思える。
 といっても家はかなり老朽化しているので、建て替える時にはビルになるのかもしれない。
 両親がどうする予定なのか聞いたことはないが、気になるところではある。
 
 そんなことを考えながらインターホンを押すとすぐに母が迎えてくれたが、なんか若々しく見えた。
 マスクによってほうれい線や口元の皺が見えないせいだろうか。
 普段は鬱陶しいだけだが、こんな効用もあるのかと思うと、自分も少しは若く見えているだろうかとちょっぴり期待した。

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