『異質のススメ』 他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
『トールボーイ』と呼ばれた『シティ』という車が発端だったという。
『マンマキシマム・メカミニマム』という発想で作られた車で、人間のための空間を最大にすることを優先するデザインだったという。
 それをカッコいいという人もいたらしいが、父にとっては幻滅でしかなかったようだ。
 二輪の国際レースを完全制覇し、F1でも圧勝を続けたホンダのイメージとはかけ離れていたと嘆いた。
「世界中の若者が憧れるメーカーだったのにな」
 残念だというようにゆらゆらと首を振ったので、「それでBMWに乗り換えたの?」と訊くと、父は僅かに頷いた。
『駆け抜ける喜び』という哲学を基に究極のドライビングマシンを追求した姿勢が確固たるブランドイメージを作り上げていて、それに共感したのだという。
 でも、それだけではなく、『スポーツセダン』というカテゴリーを創造し、デザインを洗練させていったことにも魅力を感じたのだそうだ。
「しかし、本来ならホンダがやるべきことだった。BMWにやられてしまうとは思わなかった」
 なんのために巨額の費用をF1に注ぎ込んだのか、と顔を曇らせて、「BMWのブランドポリシーを見習って欲しかった」と嘆いた。 
 それは、『すべきでないことは絶対にやらない』というものなのだという。
 つまり、BMWのブランドイメージを壊すようなことは一切しないと内外に向かって宣言しているのだ。
「『何をすべきか』と考える人は多いが、『何をすべきでないか』と発想する人は稀なんだ。残念なことに前者がホンダで後者がBMWだった」
 自らが作り上げたスポーツセダンというカッコいいイメージを壊すような車は一切開発しなかったことがBMWの成功の秘訣だと言い切った。
 そして「世界が憧れるホンダという稀有なイメージを具現化できる経営者がいればまったく違った結果になったはずなんだが」と残念そうに首を振ったので、「本田宗一郎さんという凄い創業者がいたのにそれができなかったの?」と訊くと、父は僅かに顎を引いた。

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