『異質のススメ』他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
 ビールとソーセージでお腹がいっぱいになった頃、先見さんが見慣れぬお酒とグラスを運んできた。オランダの国民酒と専用グラスだという。
「イェネーファといって、ジンの起源になったお酒なんですよ」
 グラスは花が開いたような形になっていて、チューリップグラスと呼ばれているのだという。
 その縁までたっぷり注いだと思ったら、なんとグラスに直接口を付けた。
 呆気に取られていると、最初の一口は手を使わないのがオランダ流なのだと説明してくれた。
「但しアルコール度数が38度もあるので、少しずつゆっくりお楽しみください」
 頷きを返してほんの少しだけ口に含むと、芳醇な風味がいっぱいに広がって思わずニンマリとしてしまった。
 それで気に入ったことを察してくれたのか、「ビールと一緒に飲むのもありなので、それもお楽しみください」とオランダのビールを注いでチューリップグラスの横に置いた。
 わたしはその機を逃さなかった。
 すかさず手土産のCDをバッグから取り出してテーブルの上に置いた。
 
「オランダのお酒にはオランダ人の演奏が合うと思いますが、いかがでしょうか」
 表紙に手を向けると、2人の視線がその写真に集まった。
「素敵なデザインですね。ヨーロピアン・ジャズ・トリオですか。ロマンティックな演奏が聞こえてきそうです。早速かけてもいいですか?」
 身を乗り出した先見さんは、CDをセットして再生ボタンを押した。
 
『哀愁のヨーロッパ』が流れてきた。
 するとすぐさま「この曲大好き」と奥さんの声が弾んだ。
 彼女はサンタナの大ファンだった。
 そして四曲目が始まると、「アバも大好き。私の青春の歌」と言って、「♪ THANK YOU FOR THE MUSIC ♪」と口ずさみ始めた。
 すると先見さんもそれに続き、つられてわたしも歌うと3人の歌声が軽やかにシンクロした。

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