『異質のススメ』他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
「散々言ってきたんですけどね」
 小説部門の売上低迷を打開するために色々なことを提案したが(うと)まれるだけだったらしい。
「『お前はビジネス書だけを見ていればいいんだ。小説部門のことに口を挟むな』と社長や副社長から何度も言われました」
 彼の出版社は小説部門が本流で社長はその生え抜きなのだという。
 その上、創業家の娘と結婚したので怖いものは何も無いのだという。
「銀行から来た副社長はイエスマンで、社長の意に反したことは一切言いません。その上、常務が太鼓持ちみたいな奴で社長と副社長のご機嫌取りばかりしていて」
 取締役解任時のことを思い出したのだろうか、口調が少し気色ばんだ。
「まあ、何を言っても愚痴にしかなりませんけどね」
 腕を解いて右手を伸ばしてチューリップグラスを持ったと思ったら、一気に全部飲んでしまった。
 大丈夫かしら、わたしには少しずつゆっくり飲めと言っていたのに、
 心配になったが、ボトルを持ち上げてなみなみとグラスを満たしたので、更なる一気飲みを止めるために急いで質問をした。
「先ほど散々言ってきたと言われましたが、どのようなことを言われたのですか?」
 そこで彼の手が止まったが、目はグラスから離れなかった。
 言おうかどうしようか迷っているような感じだった。
 ちょっと込み入ったことに入りすぎたかなと悔いが頭を過ったが、それでも少しして彼の視線が戻ってきた。
「新人発掘の仕組みを変えたらどうかと提案しました」
「それって新人賞のことですか?」
「そうです。新人賞です。我が社でも毎年募集をしていますが、文芸誌や新聞社、自治体などが主催する新人賞は100以上あり、その数だけ受賞者が生まれています。しかし、受賞しただけで作家としてデビューできない人や、一作だけで消えていく人が数多くいます。生き残る人はごくわずかなのです。しかも、その作品が売れているとはとても言えません。それが問題なのです」

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