『異質のススメ』他人と違っているから個性、変わっているから貴重。
「小説を愛する人たちが一生懸命選ぶからそうなるのかもしれません」
「……それって、どういうことですか?」
 しかしすぐには返ってこなかった。
 どう説明すれば理解してくれるだろうかと考えを巡らせているようだった。
 それでも考えがまとまったのか、「日本の人口分布を思い浮かべてください」と言って話を継いだ。
「1億2,000万人のうち労働人口は6,800万人強ですが、会社員が5,600万人を占めているというのが重要なポイントです。どういうことかというと、本来ならこの5,600万人に向けてアプローチがなされなければならないのに現実はまったく違ってしまっているということなのです。出版社は一部の小説愛好家だけに目が向いているので、普段小説を読まない会社員の人たちに興味を持ってもらえるものを提供するという観点が不足しているのです。そこが問題なのです」
 それを聞いて、毎日満員電車に乗って通勤する会社員たちの姿が瞼の裏に浮かんできた。
 書店でノウハウ本や自己啓発本を必死になって立ち読みする会社員たちの顔も浮かんできた。
「会社員の多くは今の生活をいかにして向上させるかに頭を悩ませています。出世して、もしくは良い仕事をして賃金を上げたいと思っています。また、契約社員や派遣社員の人たちは正社員になるためにどうすればいいかを常に考えています。自分の貢献度をどうすれば認めてもらえるのかと考えているのです。だからノウハウ本や自己啓発本が売れるのです。自分の生活向上に直結すると思うから買ってまで読むのです。しかし小説はどうですか? 生きていく上での気づきを何も与えてくれないものや、リアリティが乏しくて共感を得られないようなものに興味を持ちますか? たとえそれが名の知れた作家のものであったとしても購入すると思いますか?」
 目を覗き込むようにして視線が迫ったので、すぐさま首を横に振った。

< 98 / 99 >

この作品をシェア

pagetop