名物警官と悪いおねえさん

名物警官と悪いおねえさん

 古谷(ふるや)君の周りには今日も、人の輪が絶えない。
「よくあんなチンピラまがいのおっさんに説教できるな。俺、感動した」
「あたしも近くで聞いてたけどすごかったよー。被害者のおねえさんじゃなくても涙ぐんじゃう」
 古谷君は、五番街商店街のど真ん中にある警察署の名物警官だ。
 百九十近い長身にがっしりした肩幅、壁のように屈強な体格を持ちながら、実に細やかに甲斐甲斐しく働く。
 朝は早くから旗を振って子どもたちの通学を見守り、昼は詐欺電話に困るおばあさんの相談に乗り、夜は街頭に立ってチンピラまがいのおっさんたちから街の人たちを守っている。
 その精力的な働きぶりは本部にも伝わり、幹部生コースにも誘われているが、古谷君はあくまでここで働きたいと希望している。
 当の古谷君はとても無口で、加害者に説教する時以外は最小限に、不器用に話す。
「悪いやつは許しちゃいけないんで」
 ぼそっとそれだけ言った古谷君に、つくづく真面目で堅物な奴だよとみんなでうなずきあった。
 私が上着をひっかけて準備をしていると、同僚が気安く声をかけてくる。
「姉さん、見回り? 俺が運転するよ。パトカーが族の車と間違われるだろ」
「やーね」
 私はあははと笑って、冗談半分に言う。
「何年前の話をするのよ。ま、夜に若い子たちの教育的指導をするときには飛ばすけどね」
 何気なく振り向いたら、古谷君と目が合った。
 そこで昔叱ってきたときと同じ古谷君のまなざしに合って、私はこっそり頭をかいた。



 同僚のみんなには気恥ずかしくて言えないけど、私と古谷君は学生時代から一緒に暮らしていて、たぶん付き合っている。
 不良集団の姉貴的存在だった私は、後輩の古谷君に真っ向から説教されて以来、一緒に警察官を目指して今に至っているのだった。
「古谷君、機嫌直してってば。ほら、ぷーさん」
 私が古谷君の大好きなぬいぐるみを差し出すと、古谷君は無言でそれを受け取った。
 出会った頃は古谷君と同じくらいのサイズだった特大のクマのぷーさんは、ぐんぐん背が伸びた今の古谷君には子どもみたいに抱きかかえられてしまう。
 でも古谷君は子どもの頃からそれを抱きしめるのが好きで、ぷーさんの頭にあごを置いて、情けない顔になったぷーさんをぐにぐにしながら私を見上げた。
美桜(みお)さんはいつも俺のこと、子ども扱いする」
 そういうところが可愛いのよと言うと、たぶんもっとへそを曲げてしまう。
 仕事では、悪いやつは許さないと言う凛々しい古谷君。でも家にいる古谷君は、今もちょっと悪いやつの私がお詫びに買って来るぬいぐるみを、せっせと手入れして大事にしている。
 私は雑に足を投げ出して、ふふっと笑う。
「逮捕できるもんならしてみな」
 古谷君はそれには意外にもさらっと答えてみせた。
「手錠より軽いものなら用意してあるけど」
「ん?」
 不思議な言葉に私が首を傾げると、古谷君はふいに笑った。
「明日のツーリング、どこまで行く?」
 話が変わったので、私は明日のことに気持ちが移った。
 天気予報は晴れ。久しぶりのツーリングは、きっと海までだって行ける。
「行きたいとこまで!」
 二人が出会って、明日で十年になる。
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