乃々と貸別荘の話
次の朝、新しく来た親子は朝早くから出掛けてしまった。
乃々は朝ご飯を食べた後、こちらも出掛ける予定の蒼空親子を送り出してから、リビングに居た。
お昼になると、乃々は母親とチキンレタスバーガーを作って食べた。
スーパーで買ったチキンは大きさが大きくて、バーガー用のパンからはみ出て、食べにくかった。
夕方、乃々が乃々が二階のロビーをぶらぶらしていると、階段から、肩にタオルをかけた、昨日来た男の子が上がってきた。
男の子は、タオルで濡れた癖っ毛を拭きながら階段を登っていたが、卓球台のロビーに目をやると、乃々にすぐに気が付いた。
ロビーまで来ると、昨日とは打って変わって落ち着いた表情で、男の子は口を開いた。
「こんにちは。えっと……」
「黒沢乃々。なんて名前?」
「山居恭。」
「恭くん、お風呂入ってたの?」
「うん。ついさっきまで。ここの風呂、小さいけど綺麗だね。キミ、3年生でしょ?僕も同じ年だよ。」
恭が言った。
「昨日はごめん。ママと喧嘩して、誰かと口聞くと怒ってないってバレるから、無視しなきゃならなかったんだ」
「恭くん、喧嘩すると口聞かないの?」
「うん、そうすると親が折れるから、いつもそう。別に大したことじゃなかったんだけど。」
恭が聞いた。
「黒沢さん、いつここへ来たの?」
「先月。一月居るよ」
「ふーん。もっと早く来れば良かったな。ママの都合で、どうしても開けれなくて、8月からになっちゃったんだ。何してたの?」
乃々は考えた。
「色々。」
「ふーん」
恭が、まつ毛の長い薄い色の瞳で乃々をじっと見つめたので、乃々は照れくさくなって、髪を触った。
「何?」
乃々が聞いた。
「何でもない。僕が見ると照れる人たまに居るよ」
恭は下を向いてくすくす笑った。
「女の子はキミ一人で、男がもう一人居るよね」
「蒼空くんだよ。同じ年。7月から居る。話した?」
「まだ話してない。どんな奴?」
乃々は迷ってから答えた。
「良い奴。」
「ふーん」
恭は頷いた。
「僕ここの部屋気に入ってる。ちょっと狭いけど。感じ良いよね。」
「プールもう見た?」
「まだ見てない。あるのは知ってる。」
「すっごく楽しかったよ」
「そっか。楽しみにしとく。」
恭が聞いた。
「黒沢さん、この別荘の名前知ってる?」
「知らない。何ていうの?」
「森野さんの持ってる別荘だから、コテージモリノっていうんだ。パンフレットに書いてあった」
「へえ」
「だから僕はこの別荘モリノって呼ぶんだ。……僕の部屋二階。部屋下?」
「上だよ。多分隣。」
「そう。」
恭と乃々は、それからしばらくロビーで話込んでいた。