乃々と貸別荘の話
貸し別荘に滞在している三親子は基本的には別行動をした。
三親子とも気さくで仲が良かったが、取り立ててお互いに予定を合わせようとはしなかった。
子供達は子供達で交流していたが、それは大人の預かり知らぬ所だった。
乃々の母親は化粧をしていた。
白粉をはたき丁寧にアイラインを引く。
鏡を見た顔は艷やかだった。
「これから友達の所に行くけど、ご飯とおやつは用意してあるわ」
居間で絵を描いている乃々に向かってベッドルームから母親が言った。
乃々の母親は夏休みの間に、連絡を取り合っている友達みんなと会う、とはりきっていた。
だから別荘に居る間も、乃々を置いてしょっちゅう出掛けて、乃々は一人で部屋に残る事が多かった。
「アイスクリームを買ってあるから、三人で食べなさい。午後は蒼空くんちのママも、恭くんちのママもお出掛けするって言ってる」
乃々は黙って、母親が着替えの部屋着を畳んでソファに掛けに来るのを見ていた。
乃々が描いていたのはドレスを着たウサギの絵だった。
中々うまく描けた様に思ったが色は付けなかった。
描いた絵をメモ帳に挟むと、鉛筆をしまって、乃々はソファから降りた。
リビングに行こうと部屋を出ると、丁度、恭が隣の部屋を出てくるところだった。
「あ」
恭は乃々に気付くとちょっと微笑んだ。
「黒沢さん、何してたの?」
恭が聞いた。
「絵描いてた。恭くんは?」
「何にも。する事なくて。」
「アイス買ってあるから食べなだって」
「本当?」
廊下で2人が話していると足音がして、一階の階段を蒼空が登って来た。
「蒼空くん」
「何話してたの?」
蒼空が乃々に聞いた。
「おやつにアイス食べようって話。キミは?」
「別に。乃々に会いに来ただけ。」
「蒼空くんもアイス食べようよ。」
乃々が言ったので、三人は階段を降りた。
「黒沢さん、家ではいつも何してるの?」
「絵を描いてるよ。普段は。」
「ふーん。僕は本読んでる。か、パソコンいじってるかだな。本読む?」
「あんまり読まないよ」
乃々と恭の会話に、蒼空は加わらず歩いていく。
ダイニングに入った三人はキッチンへ行って冷凍庫を開け、カップのアイスを出した。
「バニラとチョコとイチゴだって」
乃々は食器入れからスプーンを三つ出して、2人に渡した。
「僕バニラが良い」
「僕もバニラが良い」
「じゃんけんだね」
じゃんけんをすると、恭がバニラで乃々がイチゴで蒼空がチョコに決まった。
テーブルについて、乃々を真ん中に三人で並んでアイスを食べた。
「夏休みって良いよね」
乃々が言った。
「時間いっぱいあるし、どこでも行けるし、何でも出来るよね」
「普段と違う事が沢山あって、充実するよな」
蒼空が言った。
「新しい事も一杯あるし、友達増えるしね」
「そう?。僕は普段とあんま変わらないよ。」
落ち着いた声で、恭が言った。
「家でも本読むし。気分転換には良いけど。」
スプーンで掬うとアイスは良い匂いがした。
イチゴのアイスには果肉がたっぷり入っていたので、乃々はその味を選んで良かったと思った。
「別荘でずっと暮らせたらなあ。」
乃々がうっとりして言った。
「学校ないし、先生居ないし。子供だけで別荘を借りたら面白くない?」
「もしそうなったら友達連れてくるよ。自炊するんだね。」
蒼空が言った。
「乃々がやるんなら良い。僕は料理しない。」
「交代でやろうよ。」
恭が言った。
「料理が面倒なら、宅配取ろうよ。おいしいし。」
「そうなったら毎日ピザだな」
蒼空が言った。
「そうなったら、毎日プール入れるよね。」
乃々は、アイスを掬いながら、ほうっとため息を付いた。
しばらく3人は黙ってアイスを食べていた。
ふいに、恭が言ったので乃々は顔を上げた。
「このアイス、何か変」
恭が言った。
「変っていうか薄い、味が。家で食べてるのと比べて」
「そう?」
「コンビニのアイスの味みたい。薄いけど甘くて」
「そうかな?」
蒼空がスプーンを置いた。
「感じ悪い、そうやって言うの。黙ってれば良いだろ。」
恭はちょっと驚いた顔をした。
「は?。言っただけだろ。」
「乃々のお母さんが買ってきたんだぞ。失礼だろ。」
「食べてくれると嬉しいけど。」
乃々が遠慮がちに言った。
「食べるよ、もちろん。変わった味だと思っただけ。」
恭は不機嫌な顔になった。
「黒沢さん、おいしく食べてるよ。何だよ。何で北谷がつっかかって来るんだ?腹立つな。」
蒼空はそれには答えなかった。
代わりにきっぱりした声で言った。
「乃々、さっさと食べて僕の部屋行くぞ。」
乃々が蒼空を見ると、蒼空も、虫の居所の悪そうな顔をしていたので、乃々は困った。
「まだ食べ終わらないよ。」
乃々は言った。
乃々は、難しい顔をしている2人に挟まれてイチゴアイスの残りを食べた。