乃々と貸別荘の話
午前中、乃々は、着替えて蒼空と別荘の外を散歩に行った。
蒼空と恭が仲が良くないので、恭を誘わないで来てしまった事を、乃々は気にしていた。
蒼空に言われるまで、乃々は蒼空と付き合っている事が、頭からすっかり抜け落ちていた。
午後になって、蒼空と蒼空の母親が出掛けてしまった。
リビングで寛いでいる母親を置いて、乃々は自室でメモ帳に絵を描いていた。
それはバーベキューをする蒼空と恭の絵で、乃々は昨日の夕方の事を描いたつもりだった。
色鉛筆を出して絵に色を塗ろうとしている時、部屋をノックする音がして、乃々は顔を上げた。
ソファを降りてドアを開けると、恭が立っていた。
「何でリビングに来ないの?」
恭が聞いた。
「キミのママ出掛けたよ。」
乃々が招き入れると、恭は部屋に入った。
部屋のソファには、いつも使うポシェットが脇に出しっぱなしになっていた。
窓にはロールのカーテンが引かれて、光は入ってくるものの外は見えなくなっていて静かだった。
突っ立っている乃々からテーブルの上の絵に目を移すと、恭は頷いた。
「昨日だね。」
恭が言った。
「何で親達って絵を描くと喜ぶんだろうね。」
そして、蒼空がしたのと同じ質問を恭もした。
「一人っ子?」
乃々は聞き返した。
「うん。一人っ子?」
「末っ子。上に姉さんと兄さん居るよ。ママと仲良いから別荘来たのは僕だけだけど。姉さん達は来たがらなかったんだ」
恭は天井を見上げてから、窓の方を見て、それから乃々を見た。
「ここで出逢ったのって、運命だと思わない?。」
乃々は目を瞬いた。
「学校が違うと、出会う確率が少ないから。多分この夏休みを逃したら、僕とキミは出逢ってないよ。」
恭が言った。
「そういう仮にの話ってよく考えない?。もしこれがこうだったら、とかって。」
恭が首を傾げた。
恭がソファを引いて腰掛けたので、乃々もソファに座った。
乃々は、恭がする、仮にの話をちょっと考えていた。
────この夏もし出会わなかったら。
恭は、頬杖を付くと、テーブルに転がっていた鉛筆を取り上げた。
「……メモ帳貸してくれたら、僕もキミの絵描いてあげる。絵上手いんだ。記念に。」
乃々の絵を描く恭に、窓から光が差して、俯いた恭の顔は美しかった。
乃々はちょっとの間見とれてしまった。