乃々と貸別荘の話
10山道とトランプ







 乃々は、新しく来た恭にも興味があった。


 恭は、お坊ちゃまでしっかり者で他人を乗せるのがうまく、乃々の見込み違いでなければちょっと我儘だった。


 恭の方も、乃々に興味を見せたが、蒼空が機嫌を悪くするので、乃々はあまり話しかけなかった。


 乃々は、本当は蒼空と恭と三人でリビングで過ごしたいのだが、蒼空はいつもそうしてくれなかった。









 乃々は、蒼空の部屋でお茶を飲んでいた。


 氷を入れたアイスティーはキンキンに冷えている。

 部屋にはカーテンが引かれて、眩しい陽の光が緩和されて丁度良い。


 向かい合ったソファの片方では蒼空が寛いでいた。




「僕達しか居ない方が簡単だったね」




 アイスティーの氷をスプーンで混ぜながら蒼空が言った。




「お前、新入りの事を考えたりしてないだろうな?。明日も山居に会うけど、気がある振りをしたら怒るから。」



 乃々達は、次の日は乃々の母親と山道を散策に行く予定だった。


 乃々達は次の日のために、サンダルでなくシューズをトランクに持って来ていた。


 明日の散策も蒼空はこの調子だろう、と思って、乃々はちょっと辟易していた。


 自分がこうやって蒼空と居る時、恭の方では何をやっているのだろう、とよく考える乃々は、仲間はずれにされる恭を少し気の毒に思っていた。




「山居のことはどうでも良いけど、お前には僕がちゃんと居るんだから、愛想を撒いたら許さない。ね?。」




 乃々は、蒼空が自分を好きだという事と、自分が蒼空を好きだという事、それと恭と自分が仲良くするのはそれぞれ別問題な気がした。


 みんなで仲良くすればいいのでは、と乃々は思っていたが、蒼空の方は全くそうは考えて居ない様だった。



 蒼空は鷹揚に言った。




「まあ大目に見てやるけど、恋人のルール、ちゃんと守りなね」




 乃々は、引っ込み思案で弱気な性格から、蒼空のそういう態度はもう慣れっこだった。


 テーブルにアイスティーを置くと、乃々は、伸びをしてから、返事の代わりに小さくため息をついた。













 次の日。




「靴下は、履いてるわね、よし。」




 別荘の玄関には、今日は履かないビーサンが人数分しまってある。


 靴を履いた乃々の母親は、子供達三人の服装をチェックした。




「大袈裟」




 蒼空がリュックの肩当てを調節しながら言った。






「山道は大変よ。余計な物持っていっちゃ駄目だし。お茶は持ったわね。乃々も。」

「持った」






 乃々はリュックを脇の小さな椅子に置いて、肩からかけたポシェットをがさごそやりながら答えた。




「黒沢さん、メモ帳持った?」




 靴を履きながら恭が聞いた。






「うん」

「あら、メモ帳なんか要るの?」

「絵を描いてあげるって約束してて。山道、楽しみだな。」






 乃々も山の散策が楽しみだった。


 聞いた話では、そこまで傾斜はきつくなく、展望台まで子供でも登れるという事だった。




 靴を履いてさて出掛けようとドアを開けた乃々に、蒼空と恭の声が重なった。




「乃々、」

「黒沢さん、」




 乃々が振り向くと、乃々のリュックが玄関の椅子の上に置きっぱなしになっていた。











 キャンプ場の山道に入るまでは車に乗った。

 後ろの座席は三人で座っても広々としていた。




「帰ったら、夏休みの自由研究を仕上げなきゃならない」




 隣に座っている乃々のために窓を開けながら恭が言った。




「黒沢さん、自由研究、何にした?」

「朝顔」




 乃々が答えた。




「記録全然つけてないけど。調べれば出てくると思うんだ。」

「僕は氷の実験にした。」




 ペットボトルのお茶を飲みながら蒼空が言った。




「まとめまで終わってる。一番楽な自由研究だったな、多分」




 分別顔で蒼空は続けた。






「宿題は、簡単に効率良いのが一番賢いんだ。」

「ふーん。僕はやって楽しいのを選んだ。」






 恭が言った。






「その時の楽しさも大事にしなきゃね。変な事して時間無駄にしたくないし。」

「短時間だから、僕の時間は無駄になってない。嫌味な言い方するな。」

「別に。そんなつもりない。思い込み強いね。」

「……」






 仲の良くない2人と親子を乗せて、車はキャンプ場に入った。













 乃々達が行った道は苔むした岩場に小川の流れている、アスレチックに最適な山道だった。


 展望台まで歩く木でできた階段が上の方まで続いている。


 先頭を歩きながら蒼空が乃々を振り返った。




「結構疲れるな」




 すると、乃々の代わりに恭が、涼しい顔で答えた。




「へえ、僕は全然。黒沢さん重くない?。荷物持とうか?」




 それを聞いて蒼空の笑顔が引きつった。



 
「僕も全然、平気だけど。」




 蒼空は言い直して、恭に文句を言う代わりに乃々に言った。





「こら乃々、さっさと荷物寄越しな」

「……。」

「早く。」




 蒼空が睨むので、乃々は仕方なくポシェットだけ蒼空に渡した。


 乃々の母親と三人は話しながら山道を登った。











 しばらくして着いた展望台は、お弁当屋に駐車場スペースがあって、車でも登ってこれるようになっていた。

 
 手摺に乗り出して辺りを見ると展望台は鬱蒼とした木々が開けて、見晴らしがよく、乃々はなんとなく地球の広さを感じた。






「良い景色だね」

「山に登るのも珍しいからな」

「黒沢さん、写真撮ってあげる。」






 乃々は恭に向かってポーズを取った。




「乃々、危ない。あんまり乗り出すと。」




 蒼空が言ったので、写真を取る時、乃々は手摺に乗り出すのを辞めた。











 展望台のお弁当屋で、乃々達は弁当を買った。

 乃々達は木でできたテーブルと椅子の一角に場所を取ってお弁当を広げた。




「こういう記念になる食事って良いね」




 恭が卵焼きを食べながら言った。






「ママも来れば良かったんだけど今日に限って用事だって。勿体ない」

「恭くん、もしかして人参好き?」






 乃々は苦手な人参を見ながらできるだけ丁寧に聞いた。




「こら。帰りは降りるんだからちゃんと食えよ。」




 おにぎりを食べていた蒼空が乃々を睨んだ。




「全部自分で食え。最初に僕に聞かないんならね。腹立つな。」




 乃々が複雑な顔をしていると、恭が横から箸で弁当の人参を摘んで取ってくれた。




























































































































































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