乃々と貸別荘の話
乃々は、眠るのが好きで、夢を見るのも好きだった。
別荘のベッドはふかふかで心地良く、乃々はいつも、横になる時は快適な眠りを予感した。
お昼前に乃々が起き出して、リビングに行くと、蒼空親子が着替えて支度している所だった。
「全く。お前はいつも遅いんだから。」
パジャマのままの乃々の頭を軽く叩いて、蒼空が言った。
「今日は叔母さんと会ってくるんだ。すぐ帰ってくるけどね。お前の事も報告してくるよ。」
「乃々ちゃんも夏休みが終わったら連れてくわ」
ソファに座った乃々に、蒼空の母親が言った。
「とっても気の良い親戚だけど、まだ会うって言わないのよ」
乃々は話は面白いが人見知りだというその蒼空の親戚を想像した。
出掛ける前に靴を履きながら蒼空が言った。
「山居と喋らないこと。僕が居ない時も。後でどうしてたか聞くからね。それじゃあ、行ってくる。」
慌ただしく玄関から出掛ける蒼空達を、乃々はまだ半分眠ったままの顔で手を振って送り出した。
乃々はベッドルームに戻って、一人天井を見上げた。
母親も出掛けてしまっていたので、部屋には乃々しか居なかった。
部屋のロールのカーテンが今日はなぜか開けてあって、そこから庭のプールが見える。
庭の緑とプールの水色が、調和してきれいに見えた。
────蒼空くんとの約束を破って、恭くんに会いに行こうか。今なら見つからない。
そんな風に考え出した時、ノックの音がした。
ベッドルームを出て居間を通り、ドアを開けると、恭が立っていた。
いつも通りの作り物の様な美しい顔で、乃々がドアを開けると微笑んだ。
「良かった居て。」
乃々が見上げると恭は聞いた。
「トランプしない?。僕の部屋で。」
廊下を伝って恭の部屋に入っていくと、恭の部屋には、乃々の部屋と違ってラグが敷かれていた。
居間から見える奥のベッドルームは乃々の部屋と同じ色合いで窓が大きく、こちらもロールのカーテンで、今は半分だけ開けてあった。
乃々が部屋に入ると、恭は後ろに回って、部屋に鍵をかけた。
「親出掛けてる。」
「うちも」
「黒沢さん、座って。ポーカーやろう。」
恭はベッドルームに戻って、引き出しからトランプを出してきた。
乃々は、ソファに座ってテーブルで恭がトランプを切るのを見ていた。
切り終わったトランプを配りながら恭が聞いた。
「子供だけで居る時って一番何したい?」
乃々は配られたトランプを見ながらちょっと首を傾げた。
「お喋り。」
「そう。2人で喋ってようか。親帰ってくるまで。」
乃々は手持ちのトランプを順番に並べ直した。
「学校に転校生が来たことがあるけど、別荘の友達ってそれよりも珍しいイメージだな。」
恭が言った。
「夏の間しか会えないって思うと寂しいけど、それはそれで雰囲気あるよね。」
乃々は持ち札のトランプを見ながら頷いた。
「僕の学校は制服なんだけど、夏は暑くて。いっつも、ベストを着ないで登校するんだ」
「ふーん」
「キミの学校私服でしょう?羨ましい」
恭はカードを並べ直しながらまた話を始めた。
「家庭教師の先生に、夏は休みを出してるんだけど。」
恭がカードを捨てる。
「良い人なんだけどそそっかしくて。お休みなのに間違えて家に来ちゃうんだ。驚く。」
「へえ」
「2回、そういう事があった。」
「ふーん」
恭が山札のトランプを取った。
カードを見ながら恭は話を続ける。
「別荘へ来る前、海に行ったら、友達とばったり会った。」
「うん」
「ツーリングに行ったんだけど、前を歩いてた人が、偶然知り合いで。そういう事ってあるんだね。」
「話した?」
「ちょっとだけ。すぐ別れた。驚いたよ。」
乃々は手札を伏せて捨てた。
「黒沢さん、去年はどこか行った?」
恭が聞いた。
「おばあちゃんちしか行ってないよ」
「そうなんだ。僕は今年は別荘だけど、去年は旅行だった。」
恭が言った。
「海外のコテージに行って、泳いできたんだ。そっちもまあまあ楽しかったけど、今年の方が良いな」
恭が手持ちのカードを捨てた。
捨札のカードは増えてきて、テーブルにこんもり山になっている。
「今年の夏は充実したな。」
恭が言った。
「夏の特別な思い出って、こういう時間を言うんだ。今別荘に僕達しか居ないよ。二人きり。」
2人は、お互いの手札を予想しながら、しばらく無言で居た。
「……ストップ。」
恭がコールをかけた。
持っていたトランプを表にしながら、恭がくすり、と笑った。
「別に僕は狙っては喋らない。黒沢さんて天然だよね。」