乃々と貸別荘の話
11夏祭り






 昼食を食べ終えて乃々がダイニングから部屋に戻ると、母親が乃々の浴衣をベッドルームに干しているところだった。




「今日のお祭りは子供達だけで行っても危なくはないわね」




 浴衣のホコリを叩きながら、母親が言った。




「蒼空くんちのママと、恭くんちのママと、浴衣持って来ようって話だったのよ。坂の下の通りのお祭り、結構賑やかみたい。夕方からみんなで行って来るといいわ。」




 乃々は、自分の髪の色が映える緑の浴衣を物珍し気に眺めた。


 浴衣というものは、どうしてこんな不思議な形をしているのだろう。




「お祭りで金魚掬いやって良い?」




 浴衣を触りながら乃々が聞いた。




「金魚は駄目。家に持って帰れないでしょ」




 オレンジの兵児帯を干しながら、母親が言った。




「どうしても駄目?」




 乃々が母親に駆け寄った。



 
「生き物以外にしなさい。お小遣いあげるから。たまには楽しいでしょ。」




 母親は兵児帯のホコリをはたきながら、気をつけて行きなさいね、と言った。








 夕方になるまで、乃々と蒼空と恭は卓球台のロビーに居た。

 
 恭と乃々は卓球をせず、藤のソファに座って壁打ちをする蒼空を眺めていた。




「学校の科目で、何が一番好き?」




 乃々の隣に並んで座って、恭が聞いた。






「黒沢さんピアノ習ってるって言ってたけど音楽が好きなの?。」

「うん」






 ソファの背もたれに凭れながら、乃々が言った。






「音楽が一番かな。」

「そうなんだ。僕は理科かな。」






 恭が言った。




「実験するのが好きで、いつも楽しみにしてるんだ。デスクワークより、実際に物で調べるのが好きなんだよね。」




 乃々は、蒼空くんと恭くんで卓球をしたら白熱してきっと楽しいのにに、と思っていたが、2人は一緒に遊ぼうとはしなかった。


 蒼空はこの線引きを大事な問題だと考えていたし、恭も蒼空をかなり邪魔にしていて、壁打ちにしか使われない卓球台はどっちも意地っ張りだという事の良い証拠になっていた。




「恭くん、今日のお祭りで何を買う?」




 乃々が聞いた。




「かき氷かな。」




 恭が言った。






「お祭りは楽しいけど、そんなに欲しいものは売ってない気がする。かき氷は好きだけど。」

「そっか。私も食べ物かなあ。りんご飴とか。」






 乃々がお祭りを想像してうっとりしていると、恭が笑った。




「楽しみだね。」




 仲よさげに喋っている乃々と恭を、卓球台の蒼空がチラリと見たが、何にも言わなかった。














 6時すぎに母親達が上がって来て、子供達を浴衣に着替えさせるために部屋へ連れて行った。


 乃々が着替え終わって玄関に降りていくと、蒼空と恭は玄関ホールでもう準備していた。




「乃々浴衣似合うね」




 蒼空が乃々を見て笑った。


 蒼空と恭は、それぞれ紺と白の浴衣着ていた。


 乃々が降りてくる間2人は口を利いて居なかった様で、2人ともつんと澄ましていた。




「黒沢さん可愛いね」




 恭がそう言って乃々の頭に軽く触れた。


 蒼空が睨んだが、恭は知らん顔。


 蒼空は舌打ちをすると、わざと乃々の頭を撫でるために近づいた。




 ビーサンを履いてドアを開けると外はもう薄暗かった。

 三人は玄関を出ると坂道を降りていった。













 別荘の坂を降りていって少し道を歩いていくと、神社の通りでお祭りをやっていた。


 遠くから見るとお祭りは宵闇にぼうっと明るく、人が沢山居て、そこだけ何か不思議な空気が漂っている。


 乃々が見上げると屋台の上に提灯が灯って点々と連なっていた。




「何買う?」




 人混みを避けながら蒼空が乃々に聞いた。




「綿あめ」




 乃々が言った。






「蒼空くん達は何食べたい?」 

「かき氷」






 恭が言った。




「僕も氷」




 蒼空が言った。











 乃々達は綿あめ屋の屋台へ行って、乃々の綿あめを買った。


 受け取ると袋に入っていた綿あめは大きさが大きくて、食べる前、乃々は全部は食べきれるか考えた。


 次に行ったかき氷屋の屋台で、蒼空はコーラ、恭はブルーハワイのかき氷を買った。


 歩きながら食べ物を食べると、通りには人が一杯居て、浴衣を着ている人も多く、中にはうちわを持っている人も居る。


 がやがやと話し声があちこちから聞こえて、どこからか太鼓の音がした。




「金魚掬いをやりたいけど駄目って言われちゃった。」




 連なる屋台の並びを歩きながら乃々が言った。






「お前本当に生き物好きだね。金魚も好きなの?」

「うん」

「持って帰ろうと思えば持って帰れるかも。水が少しあれば。」






 恭が言ったが、乃々は首を振った。







 


 乃々がお面を買った後、三人は、母親達と話していたヨーヨー釣りをする事にした。


 ヨーヨー屋の屋台に行くと、長四角の水の入ったケースに照らされて、色とりどりのヨーヨーが沢山流れていた。



「ヨーヨーなんか、何が良いんだか」



 屋台の前に立って、蒼空がヨーヨーを釣りながら言った。




「お祭りでしか売ってないから、好きだけどな。」




 乃々が引っ掛けたヨーヨーを売り子に外して貰いながら言った。 




「しぼんだら水抜いて記念にするんだって。」




 しゃがんでヨーヨーを釣りながら、恭が言った。


「やって来いって言われた。結構面白いかも。黒沢さんと祭り来た記念に、僕は取っとくよ。」









 昼間の間明るく照っていた陽はすっかり落ちて、辺りの景色が青く暗くなってきていた。


 屋台を照らす明かりが光り出して、人々の喋り声が賑やかに響いている。



 りんご飴屋を通り過ぎる。
 たこ焼き屋を通り過ぎる。
 ラムネ屋の屋台も通り過ぎた。



 通りを歩いていると、ふいに、向かい側から来る人混みに、乃々が隠れて見えなくなった。


 それは大人の家族連れで、道の真ん中を何やらがやがや話しながら歩いていて、背の小さい乃々に全然気づいて居なかったらしい。


 乃々はぶつかりそうになった後、立ち止まってしまい、蒼空と恭からはぐれた。








 ─────待って。

 と思う間もなかった。







 すぐに道を戻って来た蒼空が、乃々に追いつくと、乃々の右手を掴んだ。


 向かい側から人が歩いてきたが、乃々は蒼空に引っ張られたのでぶつからなかった。


 後ろから左腕を掴まれて、乃々は振り返った。




「離せ」




 蒼空が恭を睨んだ。




「無理」




 恭が言った。




「離せよ」
「絶対無理」





 2人に手を引かれて歩きながら、乃々は、自分はこの思い出をずっと忘れないだろう、と心の中で思った。



































































































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