乃々と貸別荘の話
1同じ年の男の子
麦わら帽子は、去年お祖母ちゃんの家に行った時買って貰ったもの。
ポシェットの中には、ハンカチと、チョコと、バンドエイドと小さな虫よけのスプレーが入っていた。
途中コンビニでお茶を買って、車に乗る前に蓋を開けた。
貸別荘は車で五時間ばかりの所にあった。
駐車場に降りた乃々が辺りを見回すと、別荘は二階建てで、葉のそよぐ見事な緑に囲まれていて、建物は家と比べてかなり大きく見えた。
白い壁には木を組んだ様なお洒落な模様があり、庭の向こうには日陰になったプールが見えて、乃々の別荘に対する感動は高まった。
運転席から出て来た母親は、トランクから両手でスーツケースを降ろした。
「乃々、荷物良いからちゃんと靴履きなさい」
サングラスをして、リゾートの格好をした母親に言われて、乃々は靴を直した。
ノックをしたが誰も出なかったので、ガラガラと引き戸を開けると、玄関のタイルには女物の夏のサンダルと、子供用の青いビーサンが並んで置いてあった。
「こんにちはー」
母親が中に向かって呼びかけた。
返事はなく、人の気配もない。
玄関ホールには、抽象的な鮮やか色使いの絵が飾られていた。
「こんにちはー」
遠慮のない母親は、サンダルを脱ぐと玄関へ上がっていく。
乃々が靴を脱いでいると、突然、奥からシューっと、涼しい音がした。
振り返ると、広い階段の手摺を、一人の男の子が器用に滑り降りて来るのが乃々の目にいきなり大映しになった。
さらさらの黒い髪。
まっすぐな黒い瞳。
「いらっしゃい。はじめまして!」
玄関ホールによっ、と着地した男の子は乃々に向かって言った。
────漫画に出てくる男の子みたい。
男の子の顔を見ながら、次の言葉を探してぼんやり突っ立っていた乃々は、パチン、と頭に一発食って、目をパチクリした。
「返事。」
男の子がしかめっ面でそう言ったので、乃々はやっと自分がなんで打たれたか分かった。
「……はじめまして。」
「僕北谷蒼空。」
「黒沢乃々。」
「乃々、上に卓球あるよ。来な。」
蒼空は手摺を掴むと、階段を駆け上がった。
振り向いて乃々に言う。
「早く!」
乃々は蒼空に付いて、階段を登った。
二階の広く明るいホールには卓球台が置いてあった。
階段を登り切った乃々が上を見上げると天井は高く一部ガラス張りで、夜に星がそこから見える様になっていた。
蒼空は乃々が来たのを見届けると、卓球台で壁打ちを始めた。
「来てからずっとやってる。お前じゃ相手になんない。」
「いつから居たの?」
「7月の初め。夏休み最初から。」
「何してたの?」
「色々。別に特別な事はしてないけど。」
「別荘どうだった?」
「部屋のデザインが洒落てる。やる事はあんまりないけど、まあまあかな。」
パン、とラバーで壁に向かって白い玉を打つ。
「お前、どれくらい居るの?」
「夏休み終りまで。」
「ふーん、僕も終りまで居る。帰りは一緒かも。同じ年なんて珍しいね。どこから来たの?」
「……から」
「本当?。僕も……から。じゃあ僕達同じとこに住んでるんだな」
パン、と玉を打つ軽い音。
「別荘に居る間はゆったりして過ごす予定。プールあるから入れるよ。あと何にもないけど。お前で遊ぶかな」
小さな玉を打ちながら、蒼空は乃々を振り向いた。
「後で電話番号教えてね。」
乃々は母親が呼びに来るまで、壁際の籐のソファで蒼空の卓球を眺めていた。